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羽生善治「将棋はゲーム」と言い切る革命児

羽生善治「将棋はゲーム」と言い切る革命児

棋界を揺るがした「打ち歩詰めがなければ、将棋は先手が有利」の真意

2019/03/22

source : 文藝春秋 2001年6月号

genre : エンタメ, スポーツ, 娯楽

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 四段に昇段した羽生はその後も圧倒的強さで各棋戦を勝ちまくり、19歳の時には棋界最高位である竜王位を奪取してあっという間にスターダムにのし上がった。

 羽生がまだ高校生になりたての頃、仕事で一緒に大阪に行ったことがある。駒落ちの指導対局をしてもらったのだが、二枚落ちの子供を相手にしても羽生ニラミをするのには驚いた。相手や手合いがどうであれ、盤に向かえば常に本気モードなのである。

プロデビュー当初の羽生 ©文藝春秋

 大阪から新幹線に乗っての帰路、私と羽生は並んで座っていた。野球の話になってアンチ巨人の私が「巨人ファンは子供だよ」と言ったとたん羽生はプイと窓の方を向いてしまい、とうとう東京に着くまで一言も話さなくなってしまった。

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「将棋は完全なボードゲームである」

 四段に上がって少しした頃から、羽生の発言や所作があちこちで取り上げられるようになった。対局中に大きく体を揺するのはどういうものか、という棋士もいたし、羽生ニラミは失礼だという棋士もいた。谷川浩司はタイトル戦対局中に羽生が目の前でいきなりリップクリームを塗り出し、あれにはびっくりしたと言って苦笑いしていた。もっと後のことになるが、名人経験者などの先輩棋士が相手でもどんどん上座に座るので問題になったこともある。後に羽生のトレードマークになる髪の毛の寝癖も話題になった。私はあれは寝癖ではなくて、羽生の脳波が飛び散っていった足跡のようなものなんだと、編集部員たちに持論を展開した。だからいくら直しても、羽生の脳が働きだすと風に吹かれた麦畑のように髪の毛が乱れるのだと。

©文藝春秋

 竜王になった直後くらいのことと思うが、羽生は「将棋は完全なボードゲームである」という発言を何度か繰り返したことがあった。一見当たり前のように思われるこの発言も実は将棋界では、なかなかそう断言することは難しかった。

 それまでの将棋界においては、将棋は人間の総合力を集結した、ゲームというよりも道に近いもの、という考えが主流だった。羽生をゲーム派とすれば、人生派とでもいうべきスタイルである。

 その代表格が大山康晴十五世名人といえるかもしれない。将棋が強いだけではなく、たとえば自らの意向でタイトル戦のスケジュールを決め対局場を決めと、そこからがすでに勝負の始まりであった。タイトル戦では自分のペースであらゆることを仕切っていく。タイトル戦を主催する新聞社の関係者は大山の麻雀の面子に加えられ、いつの間にか大山の対局相手が孤立してしまっているような状況が巧みに作り上げられてしまっている。もちろん大山は盤の上だけでも十分に強いが、しかし生きていることすべてを将棋に有利に持っていこう、そこまでやっての勝負であるというような考えであった。