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「完治したら離婚するって思っていました」misonoが、闘病中の夫と衝突した理由

misonoロングインタビュー #2

note

――最終的に、Nosukeさんがブログをやることを決めたのは何故なんですか?

misono 「もうやらなくていいよ。嫌々やっても意味ないし」って言ったんです。「ウチも鬼じゃないし、完治するまでは見捨てません。最後まで面倒みます。でも完治した際には離婚です」とも言いました。そこから、LINEをしても既読無視でした。もともと自分の考えをまとめるまでに時間がかかる人なんです。それは付き合う前からのことで、ウチが告白しても、「人を好きになるまで時間がかかる」ってフラれて、付き合うまでに3カ月かかりました。プロポーズも1回断られてるくらい(笑)。だからうち、2回フラれているんです。

――えっ。

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misono さすがに「離婚」というワードも出て、真剣に考えてくれたようです。ウチに対しては既読無視だったんですが、多分その間にブログを書き始めた。いまでは彼も「ブログをやってよかった」と言っています。同じ病気の方やファンからコメントをもらって「1人じゃない」と思えたのも大きかったようです。あとから、「あの時の俺はちょっとどうかしてた」と周囲の人にいっていたと聞きました。

©文藝春秋

――Nosukeさんのブログは「胚細胞腫瘍」と分かったときに「HighsidE腫瘍?」「ああ、HighsiboW!」って書いたりして。ユーモアがありますね。反響はいかがでしたか。

misono スタートした年に、アメーバブログのランキングで総合1位をとりました。上位の方たちは錚々たるメンバーなので、始めたばかりのNosukeが1位だったのはすごいことだと思います。悲しい話を書くんじゃなくて、クスッと笑わせてくれる。ブログを始めたことで、絵がうまいことも文章力があることも初めて知りました。それに、ウチに言えないことをブログで書いてくれたりして、ブログでNosukeの考えを知ることもできる。一時は大ゲンカもしたけれど、あの時本音でぶつかって、本当に良かったなと思っています。

写真=鈴木七絵/文藝春秋
ヘアメイク=大西トモユキ

#3へ続く)

misono(ミソノ) /アーティスト・タレント。1984年10月13日生まれ、京都府出身。B型。夫はロックバンド「HighsidE」のドラマー・Nosuke、姉は歌手の倖田來未。2002年8月、「day after tomorrow」のボーカリストとして活動をスタート。活動を休止した後、ソロアーティストmisonoとして再デビュー。音楽活動の他、バラエティやモノマネ番組、声優、女優としても活躍。活動を海外に広げている。4月19日からNosukeと2人でレギュラーラジオ番組「misoNosu家」がスタート。7月13~15日に上演するロックオペラ「ライフパスファインダー2019」で、主演とオーディションの審査員を務める。

「完治したら離婚するって思っていました」misonoが、闘病中の夫と衝突した理由

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