「私は選手ですから屈辱以外の何ものでもない」
一度は七冠を食い止めた谷川だったが、2回目のときは羽生の猛烈な勢いを止められなかった。羽生が4連勝で圧倒して王将奪取。史上初の七冠独占を成し遂げた。
決着局となった第4局は220人以上の報道陣が詰めかけた。谷川が投了すると、ドッと報道陣がなだれ込む。カメラマンが谷川の背に回り、羽生を撮る。その中でインタビューを受けた羽生は「七冠を意識して自分の自由な将棋が指せない面がありました。これを機に勝敗から解放できればと思います」と答えた。谷川は「内容が悪すぎました。せっかく注目してもらっていたのに、ファンの皆さんに申し訳ないですし、羽生さんにも申し訳なかったと思います」。七番勝負がもつれれば、それだけ長い期間注目される。とはいえ、終局直後に屈辱感を押し殺して対局相手を前にこういえる棋士はそうはいない。
NHKの衛星放送では、解説の森下卓九段(当時八段)に七冠についてコメントを求めた。森下が「私は選手ですから屈辱以外の何ものでもない」と話すと、東京の将棋会館の控室で放送を見ていた棋士たちは静まり、沈黙したという。七冠フィーバーで将棋界の外で大きく盛り上がる中、棋士たちの心中は複雑だったのである。
羽生はその後も数々の記録を打ち立てた。タイトル獲得数は計99期。大台にあと1と迫っている。また、各棋戦で決められた回数、タイトルを連続または通算で獲得した棋士に与えられる永世称号を7棋戦で得た。さらに2019年4月末現在、通算勝数は1428勝。今年中には歴代1位の大山十五世名人の1433勝を抜くとみられる。
こうした中、ある棋士は棋風を変え、ある棋士は戦略を立て、ある棋士は得意戦法の研究を深め、羽生に挑んでいった。第一人者となった羽生の存在が、将棋界全体や多くの棋士に大きな影響を与えたのである。
「君たち、悔しくないのか」
羽生七冠から20年、2016年に藤井聡太が四段昇段。史上最年少の棋士となる。歴代1位となる29連勝。そして、2018年2月に決勝戦が行われた第11回朝日杯将棋オープン戦では、15歳6ヵ月で史上最年少の棋戦優勝を飾った。棋戦主催の朝日新聞は、歴史的快挙に号外を出した。
このとき、谷川は日本将棋連盟を通じて「全棋士参加の棋戦で優勝するのはまだ難しいと考えていました。私たちの予想をはるかに上回るスピードで、強くなっているようです。名人と竜王を破っての優勝は見事ですが、ただし、20代・30代の棋士に対しては『君たち、悔しくないのか』と言いたい気持ちもあります」とコメントを出している。「君たち、悔しくないのか」は話題になったフレーズだ。
自分が敗れて七冠独占を許すというこれ以上ない屈辱から立ち直り、そこから永世名人の資格を得て、竜王復位するなど一流棋士として活躍し続ける谷川だからこそ、若い世代の棋士の奮起を思い、発破をかけたのだった。朝日杯のAbemaTVの中継で号外を手にしてリポーター役を務めた高見泰地七段(当時六段)は、その後に初代叡王タイトルを獲得している。
第11回朝日杯から1年以上たつ。8つあるタイトルの保持者は20代と30代が3人ずつ。最年長は35歳の渡辺明二冠(棋王・王将)と、若い世代が中心になった。
昭和末期に羽生がデビューし、平成にタイトル独占を成し遂げた。平成末期にデビューし、注目を集める藤井は令和の時代にどのような活躍を見せるだろうか。興味は尽きない。