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「助け合い」の日本人と「自立」のNZ人……車いすで留学して考えた文化の違い

車いすで留学するとどうなるの?

2019/05/05

 身長124cmの私の留学は全く予想しない形で訪れました。それは、2011.3.11に起こった福島第一原発での事故から、母と共にニュージーランドに一時避難したのが始まりだったのです。東京の郊外で育った私は、もともと都会っ子ではなかったけれど、15歳になる年に、いきなり人口4000人の町に住むことになったのは、かなりの衝撃でした。でも、そんな衝撃も感じさせないような、穏やかでのんびりとした生活が私たちを迎えてくれました。

 そこから、ニュージーランドの自由で、自主性を育む授業のあり方を気に入り、ニュージーランドの大学に進みたいと決めたのはもう6年前のこと。今は、南島にあるオタゴ大学でソーシャルワークを専攻し4年生になりました。このままいけば、今年の12月に卒業です。

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日本的な「我慢しよう」という考え方が変わったきっかけ

 私は、母の骨の弱い体質を受け継ぎ、幼少期から車イスを使って生活しています。これまで、車イスの現地の学生はもちろん、車イスに乗った交換留学生はいたけれど、正規の留学生として車イスの学生は、私が初めてです。留学生であることと、車イスを使っていることから、そうではなかったら経験しないような大変なこともありますが、それよりも、この2つの条件は私にたくさんの機会をくれました。

 日本では、何か困りごとがあったとしても「みんな頑張っているんだから、そのくらい仕方がない」「我慢しよう」と1人で抱え込む風潮があるように思いますが、こっちでは困ったことがあると、「それはおかしい! 変えていくように、サポートするよ」と応援してくれる人たちがたくさんいるのです。女性が参政権を得たのが世界で初めてだったり、1人の人が立ち上がることによって、社会が変わってきた歴史があるからかもしれません。

学年会の仲間と大学のシンボルの前で記念撮影

 わたしも、大学に入る前は、困りごとがあっても「しょうがないや」と我慢して過ごすことも多かったのですが、入学してからは、「私が感じる困難は私だけのものではないし、これからくる学生に同じ困難を感じて欲しくない」と思い、行動するようになりました。

 その1つとして、去年働いていた学生会のオフィスにエレベーターが設営されることになりました。エレベーターがなくても、遠回りすればたどり着けたのですが 、「みんなは遠回りしなくていいのに、あなただけ遠回りはおかしいよ」という周りからのサポートと、これから車イスに乗った子が働くことになるとしたらと、エレベーターをつけるよう交渉が進められたのです。