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「私が書かなければ」 父と瀬戸内寂聴さんは不倫をしていた

著者は語る 『あちらにいる鬼』(井上荒野 著)

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『あちらにいる鬼』(井上荒野 著)

 今年、作家生活30周年を迎えた井上荒野さん。最新作『あちらにいる鬼』は戦後文学の旗手と呼ばれた父・井上光晴と母、そして光晴氏と長年、恋愛関係にあった瀬戸内寂聴をモデルに、彼らの三角関係を描いた長編小説だ。

「2014年に母が他界して、それから1年ほど経った頃に『ご両親と寂聴さんの関係性をテーマに小説を書いてみませんか?』と担当編集者から提案されました。でも寂聴さんはまだご存命ですし、スキャンダラスな話題性で注目されるのは嫌なので、いちどはお断りしました。

 その後、寂聴さんの調子がよくないと伺って。いま行かなければもう会えなくなるかもしれないと思い、京都にある寂庵を訪ねました。寂庵でお話しして、夕ご飯をご馳走になり、祇園のお茶屋さんまで連れて行っていただき、長い時間を一緒に過ごしました。その間、寂聴さんはずっとうちの父の話ばかりしていたんです。それを聞いて、寂聴さんは本当に父が好きで、父との恋愛をなかったことにしたくないのだろうと感じて、ぐっときてしまった。その時に『私が書かなければいけない。寂聴さんが元気なうちに書き上げて読んでほしい』と思って、そこから執筆の準備を始めました」

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 1966年、流行作家の長内(おさない)みはるは徳島への講演旅行で、同じく作家の白木篤郎と出逢った。当時、みはるは夫と子供を捨て、愛人と暮らしていたが、まもなく白木と恋に落ちる。白木にも家庭があったが、いつも妻以外の恋人がいた。妻・笙子はそれを黙認し、表向きは穏やかな日々を過ごしていた。やがて白木はみはるが書いた原稿を添削するようになり、ふたりは〈書くこと〉を通じて、性愛を超えた深い繋がりを育んでゆく。

瀬戸内寂聴さん ©文藝春秋