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ある種の「ご祝儀」の時期が終わった時に
この時期、「平成流」への評価はいまだ定着していなかった。被災地訪問や外国訪問時の戦争の記憶への取り組みなどは評価されつつも、そうした活動が日本国憲法に規定された象徴天皇の国事行為ではない公務であることから、そのような公的行為が拡大することへの懸念がマスメディアのなかに存在していた(たとえば「朝日新聞」1999年11月7日)。
「平成流」路線には保守派からの批判もあった。1993年の美智子皇后バッシング報道、1995年の評論家の江藤淳による「皇室にあえて問う」(「文藝春秋」第73巻第4号、1995年3月号)という文章の発表など、被災地訪問のあり方や人々との接触の様子などを批判する動きはあった。「平成流」路線が次第に評価され、「日本人の意識」調査のなかで、天皇について「尊敬」と答える人々が増加し始めるのは、2003年ごろからである。即位10年を経て、同じ行動を続ける天皇・皇后への評価が高まっていったと言える。
現在、令和の天皇・皇后と人々の関係は「蜜月状態」のようにも見える。しかしそれは、「自粛」からの影響という違いはありつつも、平成の初期のころと相似する部分も多い。つまり、ある種の「ご祝儀」の時期が終わった時、人々は平成の時のように「無感情」になる可能性もある。その時こそ、令和の天皇・皇后の本領が発揮されるのかもしれない。