1987年、密室ミステリーの巨匠ジョン・ディクスン・カーの作風を彷彿させる本格ミステリー『第四の扉』でデビューしたフランスの作家ポール・アルテさんは、昨年、福岡市の地方出版社「行舟文化」から邦訳された『あやかしの裏通り』で、日本の読者から改めて注目を集めた。そして今年、行舟文化から新作『金時計』が邦訳されたのを機に、アルテさんは初めて来日し、芦辺拓・綾辻行人・有栖川有栖といった作家と対談を行うなど、日本のミステリーファンとの交流を深めた。
フランスでもカーの作品はほとんど訳されているが、日本を訪れてみると、書店で簡単に見つかることに驚いたという。
「カーの小説では『火刑法廷』『黒死荘の殺人』『囁く影』が好きです。作家としてとても優れており、幽霊や魔女、輪廻転生といった幻想的な要素を活かして、不可解な雰囲気をとても上手くつくれる人だと思います」
アルテさんがデビューした1987年には、奇しくも日本でも「新本格」と呼ばれる謎解きミステリーのブームが始まっている。
「日本のミステリーはフランスであまり訳されていませんが、愛好家が出版社にプレッシャーをかけて訳させるという傾向はあります。私が読んだものは島田荘司さんの『占星術殺人事件』などです。漫画の『名探偵コナン』はフランスでもよく知られています」
アルテさんはアラン・ツイスト博士という名探偵が活躍するシリーズを中心に書いていたが、近年の『あやかしの裏通り』『金時計』には、美術評論家のオーウェン・バーンズという新たな名探偵が登場する。
「両方ともイギリス的な人物ですが、ツイスト博士は20世紀半ばくらい、バーンズは19世紀から20世紀の変わり目あたりが活躍の舞台です。その時期だとシャーロック・ホームズの世界に近づけることができるので、時代を変えてみました。バーンズはオスカー・ワイルドをモデルにして、少しユーモアを盛り込んだつもりです」
『金時計』で扱われるのは、雪上に犯人の足跡が残されていないという謎だ。アルテさんの作品には、この「足跡のない殺人」が繰り返し登場する。
「意図したわけではないのですが、読者から足跡のない殺人がよく出てくると指摘され、数えたら14回使っていたことがわかりました。ヨーロッパでクリスマスというのはとても重要だし、そのノスタルジーからかもしれません」
『金時計』はトリックもさることながら、過去と現在の2つのストーリーが意外なかたちで結びつく奇抜な構成にも注目したい。
「トリックを先に考える場合とストーリーを先に考える場合と両方ありますが、一番重要なのはストーリーなので、どちらかというと骨組みを作って、その上にトリックを植えていくやり方が多いです」
次に書きたいと思っているミステリーはどのような内容だろうか。
「トリックは具体的には決まっていないですが、中心になるアイディアは、白ずくめの女性が誰かに触れるとその人が死ぬ……というストーリーです」
日本の各種年間ミステリーベストテンで、自身の作品が上位に選ばれていることについては大変嬉しく感じているという。
「本格ミステリー好きが多いということがよくわかりました。そんな日本の読者の方々をとても身近に感じています。これからの執筆活動にもとても勇気づけられるものです」
Paul Halter/1956年、フランス生まれ。推理小説家。87年『第四の扉』でコニャック・ミステリ大賞を受賞し、作家デビュー。ツイスト博士シリーズ、オーウェン・バーンズシリーズなどで人気を博す。近著に『あやかしの裏通り』など。