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家の軒端で異様な物音がしはじめた

 そして迎えた11月30日。彼は開拓部落のマタギ金子富蔵と三毛別のマタギ谷喜八に張り込みを頼み、熊を迎え撃つ計画を立てた。

 午後8時も間近になると、あたりは真っ暗闇である。そのとき、富蔵の家の軒端で異様な物音がしはじめた。見ると巨大な熊が立ち上がり、軒下のトウキビに手をかけているではないか。ベテランのマタギである谷は落ち付いた仕草で金子を制し「まだ射つな」と目で合図した。ところが気負いたっている金子は、そんな制止は気に留めず銃を発砲してしまった。

 耳をつんざく鋭い銃声が山あいに轟いた。

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 しかし、わずか数メートルの距離にもかかわらず、弾は暗闇に吸い込まれていった。

 状況を即座に判断した谷は、素早く二の弾をはなった。すると熊は転げるように林内に消え失せた。

 熊の足跡をたどると、滴った血痕が点々と続いている。仕損じたとはいえ2人は闘志をかきたてられた。だが、この暗闇では追跡しようにも手の打ちようがない。その夜、富蔵はマタギ2人にそのまま待機してもらい、翌朝を期すことにした。

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 翌日は未明から気温が下がり、細かい雪がチラチラと舞いだしていた。その中をマタギ2人を先頭にして、池田富蔵と、その次男・亀次郎の4人が追跡に向かった。

「熊はきのうの怪我で遠くへは逃げられまいて……」

 4人の意気は盛んだった。だが、鬼鹿山(366メートル)の三角点近くまで熊を追い詰めたころから小雪は地吹雪に変わり、しだいに激しくなってきた。

「天気までが熊の味方をしてやがる」

 マタギたちは「チェッ」と舌打ちした。

「まず、木の陰に入って吹雪を避けるべ」

 地吹雪のために足跡を見失った4人は、大木の根元で、しばらく様子を見ることにした。しかし天候はひどくなるばかりだ。横なぐりの雪がビシビシと顔にあたり、4人の体はみるみる白く染まっていった。

「これ以上の追跡はかえって危険だ」

 やむなく4人は引き返すことにしたのだった。

 熊はこの日を境にぱったり姿を見せなくなった。