文春オンライン

海外にまできて「自分探し」を公言している連中が迷惑な件について

「日本には魅力がない」って言ってる奴、お前に魅力がないだけだからな

2019/06/27
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「私はモントリオールに本拠地を置く日本人デザイナーです」「だから何だよ」

 それに、話を聞いてると大学出てたいした仕事もしていないうちから太い実家のカネでニューヨークだトロントだサンフランシスコだと「武者修行」している自称デザイナーが、どうしてそんなに日本の政治やビジネスについて詳しい風の批判ができるんだろうと不思議になります。お前がなけなしの知識で安倍ちゃん批判したところで、お前の評価は1ミリも上がらないだろうよ。異国で外国人と一緒の場で彼らの日本批判を聞いている日本人として「彼らの暮らしてきた日本を批判することが、彼らが異国の地にいる存在意義になってしまっているんじゃなかろうか」と感じるわけですよ。

 日本で活躍して頑張って実績を上げてから、名指しで呼ばれてニューヨークに、というわけでもなさそうで、つまりは日本でそこまで頭角を現すことができなかった人が、受け入れてくれる地を求めて海外に流れ出て行ったようにも思うのです。

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 この手の自分探しのために海外まで出てしまう人というのは一定数いて、それが本人にとって貴重な体験を得て自分の価値を高める旅になれるのだとしたら最高です。どんどんやったらいい。ただ、きょうび海外に出ていく人も珍しくないこの現代で「私はモントリオールに本拠地を置く日本人デザイナーです」とか言われても「そう……」としか思わなくないですか。「それがどうしたんだよ(凄いですね)」とか言えばいいの?

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自己評価の尺度はすぐ身の回りで見つけられる

 自分の価値を高める探し方というのは、国名や地名、仕事の名前で決まるものではなくて、その人の持っている生き方の哲学や感謝される人の種類や数で決まるもんじゃないかと思うんですよ。

 簡単に言えば、日本にいたって自分を探す方法はいくらでもあって、一番大事なことは身の回りの人にどれだけ「ありがとう」と言ってもらえ、「あの人がいなければ」と思っていただけるかに尽きるんじゃなかろうかと。

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 自分の親や子どもや地域の人たちに気持ちよく笑顔で挨拶しながら可能な限りの世話をするというのでも良いでしょうし、自分のプロとしての仕事の方向性を見極めて研鑽を深めていくことでもいい。その尺度として、どれだけ稼げる存在になったのかとか、人様にお声がけいただいて出かけていく件数が増えたのかとか、そういうことで自己評価をしながら前に進んでいくもんじゃないのかと思います。