名匠ケン・ローチの映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、普通の人の物語である。
59歳の主人公ダニエルは、イギリスの草臥れた地方都市に住む腕利きの大工さん。最愛の妻を看取ると自分も心臓病にかかり、ドクターストップで失業してしまう。国の手当てに頼るため、近くの職業安定所に通い詰めるが、申請に使うパソコンがさっぱり操作できない。杓子定規の役人たちには冷たくあしらわれる。やがて身も心もボロボロになり――。
先進国の勤勉な小市民が些細なつまずきをきっかけに困窮していく21世紀のリアルを活写した名作は、2016年にカンヌ映画祭の最高賞に輝いた。1時間40分に及ぶドラマは、まさに今の日本社会にも共通するテーマを扱っている。
「それで、誰に感情移入しましたか?」
今年の正月休み、小泉進次郎はその悲劇を堪能したという。自身が主宰する読書会のメンバーから強く勧められたから、だそうだ。
「それで、誰に感情移入しましたか?」
と、映画好きの私は訊いた。
「ボクはね……」
ダニエルが一人暮らしするアパートの隣には、いかがわしい高級スニーカーを売りさばく半グレ風の少年が住む。職安で出会った貧しきシングルマザーは、見知らぬスーパーの店員にあっせんされるがままに場末の風俗店で働く。ダニエルをかばう人情派の役人は、鉄面皮の「ヒラメ上司」に目を付けられている。
登場人物たちが抱える「闇」は、2000万円の貯蓄もままならない「普通の人」を取り巻く日本社会の人間模様とあまり変わらない。小泉進次郎にとっても地元の路地裏を歩いていれば、目の前に現れる日常風景だろう。
小泉は思案顔で、終盤のこんなシーンを振り返った。
ある日、ダニエルは「人」として扱われない境遇に苛立ち、職安の外壁にスプレーで落書きを始める。
〈オレは、ダニエル・ブレイクだ。飢える前に(不服の)申し立て日を決めろ。電話のクソなBGMを変えろ〉
「ヨレヨレ」を自分と重ね合わせたという
大勢の通行人が大通りの向こう側から彼に喝采を送り、次々と携帯のカメラで撮影し出す。近寄ってきたヨレヨレのおじさんが「その通り! 最高だな!」と言って肩を抱く。そこに、パトカーがやってきて主人公を連行する。ヨレヨレは警官に目がけ、「Fワード」を連発する。
「偉そうな労働年金大臣も、バカな金持ち議員も、逮捕しろ! ダニエル・ブレイクには爵位を! 銅像を建てるべきだ!」
小泉は多くの登場人物の中で「ヨレヨレ」を自分と重ね合わせたという。私は政権与党の厚生労働部会長として見上げた態度だと思ったが、少し意外だった。なぜなら、「ヨレヨレ」はこんな悪態もついていたからだ。
「おまえら警察も失業するぞ、保守党の得意な民営化でなっ」