「ピンチはチャンス」なる小泉流の努力信仰に煽られ
小泉進次郎という政治家は、極東の島国でサッチャー的な民営化路線を突っ走った小泉純一郎の後継者であるということを忘れてはならない。
39歳の私も属する「就職氷河期世代」の中には、いわれなき不遇を強いられた原因を「小泉構造改革」に求めようとする者は決して少なくない。小泉政権では消費増税を封印し、社会保障費の抑制に狂奔した。労働市場の規制緩和にも積極的で、若い非正規労働者が急増したところにリーマンショックが起こり、ワーキングプアが大量に生まれた。
当時、「イラク人質事件」(2004年)をきっかけに流行った言葉が「自己責任」だ。世の中全体が「ピンチはチャンス」なる小泉流の努力信仰に煽られ、気づいた頃には「勝ち組」と「負け組」に分けられていた。運の良い者は改革と競争と自立を称賛し、適者生存の社会ダーウィニズムを謳歌した。一方、報われない者は貧困と孤独を個人で抱え込み、弱気な自分をひたすら責めた。
実は、小泉も氷河期世代である。自分が通った高校や大学の同級生の中には、不安定雇用と低賃金が続き、貯蓄もままならない友人がたくさんいるはずだ。順風満帆に見えるエリート正社員でも、長時間労働に耐え忍ぶうちに、体か、心か、あるいは家族関係に「爆弾」を抱えている。
地元・横須賀市の人口減少は全国ワースト
私が小泉と映画談義をした場所は、彼の地元・神奈川県横須賀市だった。明治時代から4代も続いてきた「小泉王国」に広がる風景は、ダニエル・ブレイクが暮らす世界そのものである。
近年、大工場の撤退が相次ぎ、高齢化や都心回帰が人口流出に追い打ちをかけた。太平洋を望む住宅地には空き家が並び、駅前の商店街にはシャッターが目立つ。横須賀市の人口減少は全国ワースト(2013年1位、2015年2位、2016年8位)。住宅地の地価下落ランキングを見れば、東京圏のワースト10のうち、8か、9が「王国」の中に位置するような惨状だ。
日本一疲弊した地方都市から国政に送り込まれたピカピカのプリンスは、今回の参院選でも全国を駆け回り、自民党候補者の応援に注力するという。しかも、演説のメインテーマを「老後2000万円問題」にするそうだ。
令和元年のこんにち、多くの有権者が気にしているのは、憲法や外交、原発をめぐる「右」か「左」かという議論よりも、暮らしに直結するゼニカネの話である。今回の争点となるべくは、「消費税10%時代」に各候補者が社会の「上」か「下」か、どちらを向いて政治をするかという問題だと思う。
だが、生活水準というものは千差万別で、「一億総中流」の時代はすでに終わっている。万人に通じる「普通」や「当たり前」を見出すことはとても難しい。ネット上では「2000万円」を巡り、同じ国民が敵と味方に分かれて感情的な言葉の応酬が繰り返されている。