秋田県横手市の食堂で出てくる焼きそばは、甘辛いソースで炒めた麺の上に目玉焼きが載り、福神漬けがそっと添えられている。B級グルメの聖地として名高い地方都市に、自民党厚生労働部会長の小泉進次郎が現れた。参院選が公示された7月4日、彼は夕方6時過ぎからの約15分間にわたり、自民党候補の応援のためにマイクを握った。

「先ほどみなさんと握手して回ってきた時に、いろんな声をかけていただきました。『こないだ秋田でやったオヤジさんの講演を聴きに行ったよ』と言った人もいたし、中には『ハズキルーペのお兄ちゃんを見に来たよ』と言われました。だけど、私の兄が、アレです。老けているからよく間違えられるけど、私が弟です」

 

2年前、小泉は飲み屋に深夜ふらっとやってきた

 こんなフレーズから幕を開けた令和の新「小泉劇場」。初日最後の会場となった場外馬券場の大駐車場には約400人の住民が詰めかけていた。

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「今日、演説が終わったら来るよと聞いていたけど、来られなくなったと連絡があって」

 こちらの声の主は、市内にある居酒屋の男性店主。コンロに乗った焼き鳥に向かいながら、カウンターの私に呟いた。

 2年前の衆院選、小泉は同じ場所で演説をした際、横手焼きそばの名店として知られるその飲み屋に深夜ふらっとやってきた。店の入り口には、その時に撮った記念写真が飾られている。

 小泉は全国遊説の移動中にご当地のB級グルメを嗜むのが大好きだ。「選挙中のB級グルメはA級グルメに匹敵する」とも聞かされたことがある。私は当然、演説後に彼がその店に立ち寄り、横手焼きそばを頬張ると思い、試しに暖簾をくぐってみた。

 

マイクを握る前に必ず寄り道をする

「そういうわけで、たぶん今日は来ないと思うよ」

 店主は言った。

 木曜日の夜7時だというのに、有名店のカウンター席には私の他に2人。広い座敷には1組しかいなかった。私がおなかを満たしてから、30分後に店を出ると市役所に近い駅前の大通りには誰一人歩いていなかった。さっきまで近くの演説会で笑っていたあの大観衆は、一体どこに行ってしまったのだろうか――。

 小泉進次郎の全国行脚を密着取材していると、地方の現状を垣間見ることができる。

 小泉の演説は、初めに「ご当地ネタ」を披露して盛り上げることで知られているが、マイクを握る前に必ず寄り道をする。会場周辺の名所・名跡を訪ね、偉人の銅像や古い記念碑を眺め、展望台に上り、名物を食べ、ご当地飲料を飲み、現地の人と語らう。所要時間は5分から10分。党が用意する現地のデータ集を当てにせず、自分の五感を頼りに実感のみを声にしているのだ。道中での思わぬ出会いや景色が豊饒な言葉を生み、聴衆と政治との距離を縮めてきた。

「さっき車で、この伊万里の街を走りました。玉屋というデパートが閉まっている。商店街のシャッターも締まっている。人が歩いていない。全国いろんな所で見る景色だな。ちなみに私の神奈川県横須賀市でも、地域のデパートが数年前に閉鎖されました。当然かもしれませんね。今はね、インターネットで何でも買える。東京も地方も関係ない。ほしいものはスマホから手に入る。そういった現象はアメリカにもあります。世界的な現象かもしれません」(7月8日、佐賀県伊万里市)