「これ、知ってる人?」と聴衆に挙手をさせる
「今の年金は何歳でもらえるか、自分で決められる制度です。これ、知っている人?」
だいたいの会場では、半分以下の聴衆が手を上げる。
「見て下さい。知っている方は、ほとんどいないでしょう」
そして、次の質問。
「60歳から年金をもらうという選択をした場合、65歳からもらうよりも年金の額が(月額)30%カット。そして、70歳からもらう場合は42%アップ。これ、知っている人?」
やはり半分以下である。
「これは、答えが決まっているんです。年金というのは10年に1回のサイクルで政治の課題となっているのに、制度を十分にみなさんに知らせていなかったことです。知らないことが不安の原因になるんです」
聴衆に挙手をさせるのは、話に引き込むための高度な技術なのかもしれない。だが、どこか学校の授業を彷彿とさせる。お勉強が苦手な私には、聴衆を見下ろしながら語る小泉が一段高い教壇に立つ「センセイ」に見えた。
小泉が来る演説会には、老若男女がバランスよく集まる。だが、そこで年金問題に話題を絞ってしまうと、会場の残り半分を占める若者や子育て世代は小泉の演説の中から「自分」を見つけることは難しい。どの会場でも、小泉の問いかけに「半数以下」しか手が上がらないのは当然だ。私のようなフリーランスや立場の低い非正規雇用者は、いくら改革が進もうが自分たちには恩恵がないと、端から諦めている。
「70歳までもらうの我慢しろと言われたって……」
私は「ピンと来なくて申し訳ありません」とセンセイに謝る気持ちで聴いていたら、秋田県内の会場で隣に立っていた身なりの良い高齢女性2人が囁き合っていた。
「あらやだ。そのくらい、知ってるわよ。みんな手を上げないだけ」
「そうよね。もらえるお金のことなんだから」
岩手県内の会場では、年金受給者だという女性が演説終了後、私に声をかけてきた。
「70歳までもらうの我慢しろと言われたって、そうはいきませんよね。だって、人間はいつ死ぬかわからないの。増えた分を取り返せる時まで生きられるかどうかもわからないじゃない」
小泉は「マスコミが報じない大事なことがあります」とした上で、受け取り年齢の話を切り出すが、それは大衆的な雑誌でも散々取り上げられてきたテーマでもある。
実は、2019年に入ってから、老後の生活防衛や遺産相続にまつわる本が爆発的に売れているのだ。
「週刊現代」では数か月にわたって大特集を掲載したところ、完売する号が続出した。それらをまとめた別冊を発売すると、瞬く間に20万部が売り場から消えた。「2000万円問題」が起こるずっと前から、年金制度を熱心に学習している市井の年金受給者世代は決して少なくない。
高齢者のサイレントマジョリティーは、「みなさん、知らないでしょ」と言われる以前にゼニカネの話には敏感で、難しい制度のことも意外にわかっている。聴衆の反応を見ていると、私はそう感じた。だからこそ、小泉が自ら手掛けた改革案を持ち出せば、細かい数字が聞こえてきても拍手をする人が出てくる。