1989年作品(125分)/パラマウント ジャパン/1429円(税抜)/レンタルあり

 神山繁が亡くなった。

 いつもどこかにインテリジェンスを漂わせながら、時に憎々しく、時に飄々と、時に朗らかに、多彩な演技で幅広い役柄を演じてきた名優だ。そのため、映画・テレビ、時代劇・現代劇を問わず重宝され、「気がつけばいつも画面にいる役者」だと思えていた。

 筆者が神山のことを最初に意識したのは、小学生の時。NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』で演じた知謀の伊達家家老・遠藤基信役は神山の知的かつ飄々とした雰囲気とピッタリと合っていて、実に頼りになる武将として映っていた。

ADVERTISEMENT

 だが、神山の醸し出す知的さは味方だと頼もしいが、敵に回ると実に恐ろしくなる。そのことを初めて思い知らされたのが、今回取り上げる『ブラック・レイン』だった。

 本作は、リドリー・スコット監督によるハリウッド映画。一匹狼の残虐なヤクザ(松田優作)を追ってアメリカからやってきた二人の刑事(マイケル・ダグラスとアンディ・ガルシア)が、日本の刑事(高倉健)と組んで、大阪を舞台に激闘を繰り広げるというクライムアクションである。

 本作は松田の遺作として知られ、病を隠してまでやってのけた怪演は、今では伝説として語り継がれている。

 だが、初見時に劇場で本作に触れた小学生時代の筆者にとって強烈な印象を残したのは、松田以上に神山だった。

 神山が演じるのは高倉健の上司で、アメリカ流の捜査に理解を示さない頭の固い男という役柄だった。彼はことあるごとにマイケル・ダグラスたちと対立していく。この手の役柄の場合、たいていは無能な人間として描かれることが多いが、そこは神山。一筋縄ではいかない。本作で彼が口にするのは、いつも完璧に筋の通った正論。それを知的な神山が演じることで、主人公たちより遥かに切れ者に映っていた。そんな男が融通を全く利かせずに立ちはだかるものだから、実に憎々しく映り、筆者にとっては松田のヤクザよりもこっちの方がはるかに恐ろしい悪役に思えた。

 そして、この仕事をするようになって気になったことがある。小林正樹、山本薩夫、岡本喜八ら数々の日本の名監督たちの作品に多く出演してきた神山にとって、リドリー・スコットの演出や撮影現場はどう映っていたのだろうか、と。彼の知性ならば、ハリウッドと日本の違いについて、刺激的な知見を得られるのではないか――そう思い続けていた。訃報を聞いたのは、実は取材を申し込む手紙を書こうと思っていた矢先のことだった。動きが遅すぎた――。

「いつもそこにいる役者」と思って油断していた。研究家として、全くもって失格だ。