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連載春日太一の木曜邦画劇場

つかこうへいへの献身の姿勢が産んだ迫真演技!――春日太一の木曜邦画劇場

『蒲田行進曲』

2019/07/09
1982年作品(108分)/松竹/2800円(税抜)/レンタルあり

 今回は『蒲田行進曲』を取り上げる。本作の原作者・つかこうへいの劇団出身で、主人公の「ヤス」を演じた平田満に少し前にインタビューさせていただく機会があった。その際、お話をうかがいながら、「あること」に思い当った。

 舞台は、時代劇映画が華やかなりし時代の撮影所。人気が落ち目になりつつあるスター「銀ちゃん」こと銀四郎(風間杜夫)と、銀ちゃんに絶対的な忠誠を尽くす売れない大部屋俳優のヤス(平田)、そして女優の小夏(松坂慶子)の三人を軸に物語は進む。

 銀ちゃんはスターとしての勝負をかけ、新選組映画の主演に挑むことに。が、その最中に恋人の小夏が妊娠していると知る。会社に売り出してもらうためには身辺整理が必要と考えた銀ちゃんは、小夏をヤスに無理やり押しつける。小夏のファンであったヤスは喜ぶが、小夏は当初は嫌がる。

 銀ちゃんのため、小夏のため、ヤスは我が身を慮(おもんぱか)ることなく身体を張った危険な撮影に次々と挑んでいく。ここでの平田が実に素敵だ。それは飼い主のために必死になる忠犬のようであり、なんとも可愛らしく、そして切なかった。

 それを経ての終盤に大好きな場面がある。いよいよ翌日は文字通り命を賭けた「階段落ち」の撮影。にもかかわらず、銀ちゃんの態度はつれない。やりきれない感情を爆発させたヤスは、小夏に吠えた。

「俺はよう! なんのために十年間もあの野郎に殴られてきたんだ! 蹴っ飛ばされてきたんだ! あの野郎に! あの野郎に! あの野郎に!」

「俺は大部屋だぞ! お偉方の言うことはなんでもヘイヘイ聞かなきゃいけねえんだよ!」

 怒声の奥底に悔しさと惨めさを滲ませた、圧巻の芝居だった。こちらも底辺を這いつくばりながら散々な想いをしてきただけに、この場面になるといつも平田の演技にやられ、何度も観ているにもかかわらず、号泣してしまうのだ。

 どのような想いでこの場面を演じたのだろうか――平田に聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。「僕の役作りどうこうではなくて、つかさんの世界観が凝縮されているなあと思いました」

 若き日の平田にとって「つかさんに与えられたものをやるのが表現だと思っていました」と言うほど、つかが役者としての全てだった。本作で認められ、平田は一般的にも知られるようになる。だが――。「自分がどうこうよりも、つかさんの言葉が一般の人にも受け入れられるということが嬉しかったですね」

 そう言って、なんの衒(てら)いもなく平田は微笑んだ。そこにいるのは、「つかこうへい」という「銀ちゃん」に全てを捧げた「ヤス」の姿に思えた。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売