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特集観る将棋、読む将棋

2019/07/25

女ひとりだから私がすべての基準

「女は強くなれない」「女は将棋に向かない」という神話がまかり通っていて、女性たちの参入を阻んだ。女性が将棋を始めても、そういう否定的な言葉を聞かされたら、引きずられてしまう。また、学ぶ環境も女性には不利な面がありました。夜通しの研究会には入れてもらいにくいし、「女の子なんだから早く家に帰りなさい」と気を遣われたり(笑)。でも、今は勉強にもAIを使うような時代です。男性の集団の中に入っていく必要がなくなってきているのです。

 

 私も奨励会時代に負けが込んだ時には、「やっぱり女の子には無理なんだよ」「かわいそうだから辞めさせてあげればいいのに」という声が飛び交って。

 とにかく私のほかに女性がいないので、なんでも私を基準に推し量られてしまう。私が負け続ければ、「やっぱり女に将棋は向いてない」となる。たまたま弱い私が苦労しているだけ。女性だからじゃないのに、っていう密かな抵抗の気持ちは、常に私の中にありました(笑)。

 女は私ひとりだから、そうなってしまうのは仕方がないんですけれど。

強さがそのまま力の大きさ

 また、棋力が弱いと存在自体が低く見られてしまう、という面が将棋界にはありました。強い人が偉い、というような価値観があって(笑)。もちろん、すべての先生方がそういう感覚をお持ちだったわけではないですよ。

 ただ、昔は女性だけでなく、男性でも、棋力が低いと正当な抗議ができないような、そんな空気が確かにあったんです。「タイトルを取ってからものを言え」というような(笑)。

 将棋の強さ=力となってしまう。将棋が弱いという理由で相手を見下す。男性棋士の価値観で女流棋士が振り回されてしまったり……。

 

 ファンサービスや普及面で女流棋士は将棋連盟に貢献していると思うのですが、待遇や役割の面で、あまりにも男性との格差があって、かつては女流棋士といっても、自活できない。職業として成り立たなかったんですね。

 パートタイマーのように、イベントの時だけ呼び出されるというのは、どうなんだろうと。でも、そういうことを口にすると、弱いくせに、となってしまう(笑)。