「女流棋士は女流棋士だ」
男性たちの中には、相当な棋力でも四段になれずに将棋界から去っていった人たちがいます。それに比べて女性たちは甘えている。奨励会で男子が苦労しているのに、女流の待遇を上げるわけにいかない、と言われたこともあります。
スポンサーが女流棋戦を作りたいと申し出ても、男子が厳しい思いをしているのだから、という理由で話を潰されてしまった、とか(笑)。少し無理解だな、と思うことも正直なところありました。
女流棋士を増やしたり、突然、人数を絞ったり。理由が明確でないと、女性たちはいたずらに振り回されてしまいます。
「女流棋士を棋士として見ているのか」と将棋連盟の上にいらっしゃった先生に思い切ってお尋ねしてみましたら、「うーん」と腕を組んで悩まれ、しばらくして、「女流棋士は女流棋士だ」って(笑)。
こうした中で、女流棋士を別組織として切り離そうという動きが将棋連盟の中から起こり、「そう言われるなら、独立しよう」という機運が若手の女流棋士の間にも起こりました。
女性の感性を大事にして、女性が責任をもってやっていったほうがいいのではないかと思い、若手から相談を受けたので独立を応援したいと思いました。
でも、この時も将棋連盟の男性棋士の方の考えに振り回されてしまい、結局、女流棋士がふたつに分裂することになってしまって。将棋連盟に残る方と独立する方と。ただでも人数が少ないのに二つに分かれてしまったのは、残念なことでした。
男性が支配的になるのではなく、女性の意見をくみ取っていってくれれば、きっと、いい形でお互いに共存し、もっと発展していける。そう感じています。
女流棋士になって45年、引退を決めた理由
昨年2月の対局をもって、現役を引退しました。女流棋士になって45年、多くの対局を指しましたが、引退の直前に指した将棋が、振り返ってみて、やはり一番、心に残っています。
女流名人戦の予選で千葉涼子女流四段に勝ち、次に山口恵梨子女流二段と対戦して負け、現役を引退しました。
両局とも引退を公表してからの対局だったのですが、変に固くなることもなく、自分としてはのびのびといい将棋を指せたという気持ちで、将棋界を去ることができました。
引退を決めたのは、年齢的に限界を感じたからです。けがをして長時間座れなくなりましたし、これ以上は心身ともに無理だろうと思うようになりました。