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 この建物の玄関から向かって左側の2部屋目、すなわち、開かずの間の手前に、後にお寺にお参りに来た女子大生が住んでいました。

 彼女がこの部屋に暮らし始めてから、2ヶ月ほどが経っていました。暮らしは快適で、他の同居人とも、楽しく生活していました。しかし、ただ一つだけ、不満なことがあったのです。それは、隣の部屋に暮らす彼女の大学の先輩のいびきでした。

 田舎育ちで、夜は虫の鳴き声に包まれて眠る、そんな静かな環境で生活をしていた彼女にとって、隣から聞こえてくる騒音は、かなりのストレスでした。

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 耳栓もしてみたのですが、かえって耳に異物を入れた違和感が気になってしまい、眠るどころではありません。だからといって、先輩にいびきを直して下さいとも言えず、この2ヶ月近くを過ごしていたのです。

 しかし、ある日、とうとう寝不足で授業に遅刻してしまいます。このままではいけないと思案して、隣の開かずの間に部屋を変えて欲しいと大家さんと交渉することにしました。

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 大家さんは、「あの部屋は駄目」と取り付く島もなく断りましたが、粘り強く交渉した結果、条件付きでオーケーが出たのです。

 その条件とは、その部屋にあるクローゼットは絶対に使用しない、というものでした。この部屋には、もともと押し入れがあったと思われる場所を改装した、洋風の扉のクローゼットがあったのです。

 この条件の理由を大家さんは、他の部屋にはクローゼットがないので、同じ家賃では不公平になる、だからあえて開かずの間にしていたのだ、と説明したそうです。もっとも現在の家賃に少し足せば、クローゼットも使えるということかもしれないが、そのためには、今住んでいる人達と協議し、誰が借りるかを話し合う必要があり、そこまで大げさにしたくはない彼女は、大家さんの条件に従いました。

 そして、他の住人には、大家さんから、彼女の部屋の床板が痛んできたので、一番奥の部屋に引っ越ししてもらいます、との説明がなされたそうです。

 そうまでして、やっと手に入れた静かな環境での睡眠。彼女はそう思っていました。

 しかし、どういう訳か、夜になると、聞こえてくるのです。

「シュー、シュー」

 先輩の部屋との間に一部屋分の空間があるからか、今までのいびきとは聞こえ方が違い、空気が抜けるような音がします。とはいえ、これまでよりは遥かに音が小さくなったのは間違いなく、彼女は喜んでいました。

 2日目の夜、布団に入った彼女の耳に、またしても小さな音が聞こえてきました。

「アー、アー、アー」

 昨晩とはすこし違い、いびきというより、子猫の鳴き声の様だったそうです。

 いびきは、その日の体調によって変わるのだろうか……。そんなことを考えながら、どのくらいの時間が経過したのか、ふと、音が変化したのに気付きました。明らかに音が大きくなっている。まるで隣の部屋から聞こえてくるようだ。そう感じたそうです。あまりの変化に恐怖を覚えましたが、気になった彼女は音の出所を突き止めようと、起き上がり、耳を澄ましました。すると、その音は、部屋の中のクローゼットから聞こえてくるのです。