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6割が女性客! 岩手県久慈市の“日本最強の闘牛”に黄色い声援が集まる理由とは?

「平庭嵐が前に出た。豆之介も出ろ。出ろっ」

2019/08/17
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日本最強との呼び声が高い“平庭闘牛”

 本気で闘えば底力があり、日本最強との呼び声が高い。

「山形町は急峻な地形なので、祖先の南部牛は日頃から運搬で鍛えられたのに加え、厳しい自然環境に適合できる強い牛が残りました。また、新潟へ鉄を運ぶには2カ月もかかりました。その間、筋力トレーニングをしているようなものでした。鉄を運び終えると新潟で売られ、闘牛に駆り出されたそうですが、そこでは地元の牛を蹴散らしたと聞いています」と柿木さんは語る。

 改良されて日本短角種と呼ばれるようになってからは、力強さに体の大きさも加わり、沖縄へ渡った伝説の名牛「岩手トガイ」は現地で無敗の大横綱になった。

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勢子の新井谷保彦さんが作詞した「南部角突き甚句」を、地元の板金店経営、内坪博人さん(72)が歌うと、いよいよ闘いの始まりだ

 最強の牛を求め、平庭闘牛には他地区から買い手が集まる。ここで活躍した2~3歳の牛を連れて帰り、4~5歳でデビューさせるのだ。

 だが、冷涼な岩手の山間部の生まれだけに暑さには弱い。その対策として、暑さに強い黒毛和種との間で生ませた子が増えている。柿木さんは「全国で日本短角種や子孫がチャンピオンになっています。山形の牛は自然交配なので、精子の時から喧嘩をして勝ち抜いてきたせいで強いと言う人もいますが、これは本当かどうか分かりません」と笑う。

闘牛を御して引き分けで終わらせる技術が必要

 闘う巨体を御し、しかも引き分けで終わらせる勢子の技術は極めて高い。

 最年少の勢子、當山亜斗夢(とうやま・あとむ)さん(21)は沖縄県の闘牛家の息子だ。勉強のために柿木さんの農場で就職したが、「手綱を切って牛だけ闘わせる沖縄とは比べものにならないほど難しい」と嘆息する。

「牛に合わせて走り回らなければならず、沖縄より難しい」。當山亜斗夢さんは顔まで泥まみれになった

 柿木さんは「牛の行動の理由を、性格も含めて理解しないと御せません。攻める牛も、実は相手が怖いからやっつけようと、がむしゃらに攻めているだけかもしれないのです。そういう時に無理に引っ張ってやめさせたら、牛は何をやっても怖いとしか感じなくなり、次から闘わなくなってしまいます」と語る。

 では、どうやって引き分けにするのか。