書きながら「分かる」感覚
瀬尾 小説を読まれて、森宮をどう演じたいと思われましたか?
稲垣 ある程度はミステリアスに演じたいですよね。何を考えているのか、本当はどう思っているのか、いまいち分からない感じ。小説はずっと優子ちゃんの一人称で、優子ちゃん目線で描かれているじゃないですか。森宮の一人称で話が進んでいるわけじゃないから、彼の人格に関しては絶対に謎が残る。それが最後で……まあ、ここは読んでのお楽しみですかね。
森宮さんと優子ちゃんの会話が面白いですよね。
瀬尾 笑ってもらいたいなあ、と思いながら書いています。根が関西人なんですよ。
稲垣 だからやりとりが漫才みたいな、ボケとツッコミの気持ちいいリズムでできているんだ。いろいろと熱くなりがちな森宮さんに対して、優子ちゃんの冷静なツッコミが面白いですもんね。人物に関しては、事前にプロフィールを固めて書いているんですか?
瀬尾 「こんな人だろうな」ぐらいのモヤッとしたイメージがあるだけですね。小説を書く時はいつもそうなんですが、お話もまったく先を決めずに、とにかく前から順番に書いていくんです。そうやって書いていくうちに、私自身も登場人物たちを理解していく。彼らの成長を見守っている感じですね。
稲垣 じゃあ今回のお話も、エンディングをどうするか、先に考えて書いていたわけじゃないんだ。
瀬尾 決めちゃうと、自分が書いてる最中つまらないじゃないですか。
稲垣 自分も先を知らないほうが……。
瀬尾 書いていて絶対楽しい。最初にあったのは、優子ちゃんには父親が3人、母親が2人いる、という設定だけなんです。どうして今は森宮さんと2人暮らしをしているのか、他のお父さんやお母さんはどんな人で、どんな事情で別れることになったのかは全部、書きながら分かっていきました。
デビュー作では血の繋がらない母子を
稲垣 『そして、バトンは渡された』を読み終えてすぐ、デビュー作の『卵の緒』も読ませていただいたんですね。だからなのか、デビュー作で描かれているお母さんと主人公の男の子の距離感が、森宮さんと優子ちゃんの距離感と似ているなと思ったんです。森宮さんと、1個前のお母さんの梨花さんもそうかな。
瀬尾 そうかもしれない。『卵の緒』のお母さんも、血の繋がらない自分の子供に「愛してる」って普通に言える人でした。
稲垣 血の繋がりのない子供に、親としてものすごく愛情を注ぐというのは、最初はやっぱり驚きもあったけれども、読んでいくうちに普通に世の中で起こっているものなのかもしれないなと感じるようになったんです。そういう感想って、耳に届いていたりしませんか?
瀬尾 「自分の家もすごく似ています」って手紙を何通かもらいましたね。「血の繋がらない弟と旅行に行きました」って、写真を送ってくれた人もいました。
稲垣 似た感覚は、人生の中で何度か体験してきたなと思ったんですよ。例えば、仕事を一緒にしている共演者との繋がり。「2週間ぐらいしか一緒に撮影をしていなかったのに、なんだろう? この家族といるみたいな感じ」と、不思議な感覚になる時があるんです。逆に言うと、血は繋がっているけれども、心が通じ合っていないという関係もあり得るわけじゃないですか。