救急車の現場到着時間が年々伸び続けるなかで、搬送される高齢者は増え、医師不足は避けられない。この国の救急医療にいったいどんな問題が隠されているのだろうか――。実態を生々しくレポートした『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』から一部を転載する。

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「助けるべき命」と「助からなくてもいい命」

 救急医療の進展で助かる命が増える──本来喜ばしいことのはずだが、現場は深刻な悩みを抱えている。というのも、救急医療で選別されるのは重症度や緊急性のみで、「年齢」や「生活の自立度」がいっさい考慮されていないからだ。

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 ある医師は、自分たちのなかで「年齢」によって救急患者の受け入れ可否を考えている部分がある、と暗い胸のうちを吐露(とろ)する。

「われわれも絶対に救いたい、助けたいと思う命がある。その命を救うためには、ベッドに余力がなくてはいけません。だから高齢者を断り、助けるべき命に医療資源を注ぎたいと考える時があります」

 助けるべき命──裏を返すと「助からなくてもいい命」があるということだ。

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 もちろん建前上は「すべての命は平等である」と、どんな医療関係者も答えるだろう。しかし、高齢化が著しく進み、救急車の出動件数にも歯止めがかからない現在、平等な救急医療が実現できる状況にあるのかは疑問だ。

 市民病院としての歴史が長く、数多くの救急患者を診療してきた堺市立総合医療センター(大阪府)救命救急センター長の中田康城(やすき)医師は「このままでは、現場が疲弊するのは間違いない」と警鐘を鳴らす。

「かつて当院は設備として不十分な中で救急患者を受け入れていたため、救急車による患者受け入れ数が10年前で年間4,500件程度でした。2015年に待望の救命救急センターが新設され、あらゆる重症患者を受け入れるようになり、現在は年間受け入れが9,000件を大きく超えています。しかし、それでも応需率が70%から77%程度までしか上がらないんです」

 応需率というのは、救急車からの患者受け入れ要請に対して、実際にどれくらい患者を収容(応需)しているのかを示す指標である。つまり、堺市立総合医療センターでは救急車の受け入れ台数を2倍にしても、応需率が100%になるどころか、ほとんどその比率が伸びていないのだ。それほど、救急患者の受け入れ要請が増えているといえる。

「当院だけではありません。どの病院も救急搬送は増えています。救急現場は、受けても受けても、どんどん球が投げ込まれてくるような状況です。だから、球によっては受けることができなくなっている」

 救急の場合、基本的には初めてその病院を受診する患者が多い。巷では、長時間待たされた挙句、医師による実際の診察は短い「3分診察」などが問題視されるが、救急現場では1時間があっという間に過ぎる。初めての患者に一から問診を行い、検査や縫合などひととおりの処置を行うためだ。さらにいえば、重症患者は医師1人の手ではとうてい追いつかない。生死を分ける救急医療では決して手抜きできない。

「重症患者を数人抱えている時に、救急隊から患者受け入れ要請が来ると、「当院ではすぐに対応できないので、別をあたっていただけますか」とお断りするしかない。結果として、それが77%の応需率になり、4人に1人は断っている状況になっています」