現代版たらいまわしの問題点
東京都では、滝口さんの死をきっかけに救急体制の総点検を実施した。翌1986年3月、都内13カ所の救急医療機関との間に、直通専用線(ホットライン)を設置。ベッドが満床の場合であっても、重症患者には応急措置を行い、すみやかに別の病院を確保するなどの改善策が出された。
しかし、その後も「重症者のたらいまわし」がないわけではない。2000年代に入ってからは、主に妊産婦のたらいまわし事件が起き、そのたびに医療体制の不備が指摘された。
だが、実は現代における救急医療の「たらいまわし」は、こうした重症患者よりも、一見すると生命に関わらないような軽症の肺炎や四肢の骨折など、中等症以下の患者に対して多く起きている。
その理由は後述するが、これに関しては2つの面から問題がある。
一つは、救急隊が駆けつけた当初は中等症であっても、断られ続けるうちに重症化してしまうことだ。もう一つは、どのような理由であれ、たらいまわしで搬送先が決まらない限り、その救急車を占拠してしまうことになる。すると、近くでより深刻な重症者が発生した場合でも、救急車の到着時間が遅れてしまう。次の傷病者にとって救急車が来ないという状況になるのだ。
このように、たらいまわしにされるのが中等症以下だからといって、このまま放置しておいてよいわけではない。
もちろん、問題解決のために各自治体も動いている。たとえば東京都は、2009年、「救急医療の東京ルール」を設定した。受け入れを5回断られたケースに対し、地域の医療機関が相互に協力・連携して、救急患者を受け入れるルールを策定した。
以来、受け入れ困難事例は減少しているが、それでも東京都は病院収容までのトータル時間が50分と、レスポンスタイムと同様に全国ワーストだ。全国平均の39.3分と比べて大幅に遅いばかりでなく、「勇気ある大学生」事件の時よりも搬送時間が長くなっている。
はっきり言えるのは、救急隊が1回、2回、3回……時に5回、そして10回以上電話しても、搬送先の病院が決まらない事例は、今なお起き続けているということだ。
(『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』から一部転載)