救急車の現場到着時間が年々伸び続けるなかで、搬送される高齢者は増え、医師不足は避けられない。この国の救急医療にいったいどんな問題が隠されているのだろうか――。実態を生々しくレポートした『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』から一部を転載する。
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「適正利用」の落とし穴
さて、これまで述べてきたような状況に対して国は何をしているだろうか。
近年、国が「救急車の適正利用」を盛んに呼びかけていることをご存じだろうか。たとえば、国が推奨するサービスに「#7119」という相談ダイヤルがある。
その概要はこうだ。救急車を呼ぶか、病院へ行くかどうか迷ったら、「#7119」をコールしましょう。そうすると、医師や看護師、相談員が対応し、あなたの病気や怪我の症状を把握しようと努め、緊急性の度合いや救急車を要請したほうがいいかのアドバイス、医療機関の案内などをしてくれます──。
つまりは、地域の限られた救急車を「適正に」「有効に」利用しましょうという呼びかけである。内閣府が2017年に実施した「救急に関する世論調査」では、7割以上の国民が「#7119」を推進していくべきと回答しているという。現在、東京や神奈川、大阪、福岡などの都市部を中心に実施されており、人口カバー率は40%弱に留まるが、総務省消防庁では全国展開を推進している。
あるいは、全国版救急受診アプリ「Q助」(救急受診ガイド)なるものも存在する。
急な病気やけがをした時、パソコンやスマートフォンからアクセスし、画面に表示される選択肢から該当する症状を選択していく。すると、「いますぐ救急車を呼びましょう」(赤)、「できるだけ早めに医療機関を受診しましょう」(黄)、「緊急ではありませんが医療機関を受診しましょう」(緑)、「引き続き、注意して様子をみてください」(白)といったように、緊急性をイメージした色とともに、緊急度に応じた対応が表示されるサービスだ。
こうしたサービスが強く推進されるのはなぜだろうか。総務省消防庁は、救急車による出動件数の増加を理由の一つに挙げている。また、今後も高齢化に伴い出動件数は増加する見込みで、現場到着までの所要時間が延伸傾向にあり、救命率に影響が生じる恐れがあることも理由に挙げる。
では、実際にその効果はいかほどだろうか。
東京都では「#7119」にコールすると、自動音声ガイダンスが流れ、東京消防庁救急相談センターにつながる。ここでは、日本救急医学会の監修により、東京都医師会が編集したプロトコール(手順)に基づいて、相談看護師が対応する。2018年は救急相談約20万件のうち、緊急度評価が赤カテゴリーで救急車が現場に向かったケースは、およそ3万件であったという。
数字でみれば、その差は17万件。救急車出動台数の減少に大きく貢献していることは間違いない。しかし、それが医学的に正しい判断だったかどうか、という検証は甘いのではないか。実は重症だったという人もいるかもしれない。