「コンビニ受診」はほとんど存在しない
「安易に救急車を呼ばないでください」というのは正論だ。ただ、いざ自分や家族が当事者になると、その「安易」の定義が難しい。
熊本赤十字病院(熊本県)では、救命救急センターを受診するすべての救急患者(ウォークインを含む)に、どれぐらいの頻度で受診したかを過去3年にわたって調査した。同院救命救急センター長の奥本克己(かつき)医師が、その調査結果から解説してくれた。
「9割5分の患者は、年に1回〜3回の受診だったんです。ほとんどが1回。少なくともよく言われるような『コンビニ受診』とは言えないと思いました」
横浜市立みなと赤十字病院(神奈川県)副院長で、同救命救急センター長の武居哲洋(てつひろ)医師も「よく聞くと、軽症者にもそれなりに理由がある」と理解を示す。
「病院に来た時にはけろっとしていても、一瞬意識を失ったとか、普通の人にとっては驚くかもしれないなという理由があります」
現場の医師たちは、タクシー代わりに救急車を利用している患者は、ごく限られた人だけだと口を揃える。
「自分がつらい、救急車が必要だ、と思った時は、救急車を呼んでいいんです。それが結果的に軽症であっても」
全国の救命救急センターの医師から、その言葉を聞いた時、筆者はほっとした気持ちになった。先ほども述べたように、軽症の陰に「重症」が隠れていることも多いからだ。読者には、そのことを頭にとどめておいてほしい。
国が「救急車の適正利用を」と言う背景には、軽症者は救急車を呼んではいけない、という考えがある。言葉を換えれば、あらかじめ患者を選んでいるわけだ。
そうまでしなければ、救急医療が回らなくなってしまった原因は何だろうか。高齢化がますます進み、医師の働き方改革も推し進められる時代に、安心して救急車を呼べる社会はいかに実現可能か。
こうした疑問に向き合うためには、日本独自の救急医療体制について考えないわけにはいかない。次章では、その問題点を論じつつ、取材から見えてきた課題を紹介したい。
(『救急車が来なくなる日:医療崩壊と再生への道』から一部転載)