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中川翔子が語るいじめ体験「毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった」

SOSを出してくれた場合、大人は何よりも被害者に寄り添ってほしい

2019/08/31

大人にSOSを出すのは限界まで我慢した結果

――中3のとき、靴箱をボコボコにされて、やり返した結果、中川さんの靴が盗まれ、先生に話して、ローファーを借りたエピソードが書かれています。取材では、いじめが起きた後に設置される調査委員会では、やり返していることを理由に、“子ども同士のトラブル”と判断されることがあったりします。

中川 あー、大人って、なんでそうなんだろう。被害を受けても、泣き寝入りだったり、お金とか時間の負担を強いられます。アメリカでは、いじめた方が転校させられると聞きました。

「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない』より

 大人にSOSを出してくるって、自分の中で限界まで我慢したり、悩んだりした結果だと思うんですよね。大人がいい加減な対応をすると、何かのトリガーになっちゃう可能性がある。SOSを出してくれた場合は、大人は話をちゃんと聞くこと。そして、被害者に寄り添ってほしい。

 振り返ってみると、自分が描いていた絵が気持ち悪かったりするんですよ。それは浮いちゃうこともあるだろうって。でも、靴を盗むって、窃盗じゃないですか。合う、合わないはあると思うんですけど、合わなくても、いじめていい理由にはならないですよね。

いつか「チャイルドライン」のボランティアをやりたい

――最近のいじめは、いじめた側がいじめられる側に、いじめられる側がいじめる側になったりします。

中川 誰しもが悪口を言ってしまう。だけど、やっぱり、命を落とす前に、何段階もあると思うんですよね。自殺の原因って積み重なるものだと思うんですよね。私も17歳のとき、「もう死んでやる」って衝動になっていたんです。それって、一個のいじめだけじゃなくて、あるとき限界になっちゃう。

 私もいじめる側、悪口を言っている側になったこともあるし、見て見ぬふりをしているときもありました。だから、いじめている側の気持ちに比べて、いじめを受けた側のショックがどれくらい大きいかもよく分かります。「えーっ」「なんで、自分がこんな目に?」って、混乱ですよ。自分でもどうしようもない、あの感じ。まだ覚えていますね。

 

 社会に出ると、学校こそが特殊な場所ってわかって。仕事する時に我慢したりとか、自分へのご褒美を作ったりとか、なんとかできるようになっていく。だけど、18歳までの時間はやっぱり、大人がどこかで守ってあげるべきです。

 18歳の子まで電話をかけられる「チャイルドライン」があって、ボランティアの大人が話を聴く。すごくいいことだなと思いました。いつかそのボランティアをやりたいんですよね。