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 この時の出場メンバーは、斎藤慎太郎王座、阿久津主税八段、稲葉陽八段、村山慈明七段と精鋭揃いで(段位は現時点)、当時は若手で低段であっても、それからわずか4年でトップクラスに上り詰めた棋士ばかりであり、将棋AIへの適応力も含めて将棋連盟が選りすぐったメンバーだった。

 そして将棋連盟では将棋AIに勝利するためチームを作って研究を行った。私もデジタル関連で担当をしていた縁でチームに入ってお手伝いをしていた。

 じつは将棋界において、チームを作って一つの対局に向けて徹底して研究を行うことは珍しい。他人の努力の裏側を垣間見ることはなかなかないため、この時、出場メンバーの研究の深さと熱意を見ていて私は「この人たちと今後戦っていくのか」と憂鬱にさせられたものだ。

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 永瀬叡王も他の出場者同様、狂気の世界ともいえる研究量をこなし、それは見事に実った。永瀬叡王は、勝ちが見えた場面であえて相手の将棋AIのバグをつく「角不成」を指して勝利した。

将棋に対する非常に厳しい姿勢や発言から、「軍曹」「ボーイ」と呼ばれることも

 人間vsAIという異種格闘技戦らしい波乱に満ちた決着であり、最後はまるで永瀬叡王の気迫にAIが狂わされたようにも見えた。

 永瀬叡王といえばこの勝利を思い出すファンはいまでも多いだろう。私もこの対局のことはいまでも鮮明に覚えている。

筆者が永瀬叡王と対局して体感したこととは?

 さて永瀬叡王が初タイトルを獲得した叡王戦の道中、2018年11月に本戦1回戦で筆者とも対戦があった。ここからはその時に筆者が体感したことを書いていく。

 2017年7月の銀河戦予選での永瀬叡王との対局から話を始めたい。

 当時も永瀬叡王は勝ちまくっていて、この対局も勢いそのまま序盤から一気に攻めてきた。しかしその攻めに筆者はうまく反撃し、逆にリードを奪った。その後、一度は逆転を許したが、永瀬叡王に終盤戦で決め急いだ手が出て、最後は打ち歩詰めで詰みを逃れて筆者が勝ちをおさめたのだった。

 永瀬叡王はインタビューで「謙虚」という言葉を繰り返すが、これは自分に言い聞かせているように筆者は感じる。「謙虚」を言い聞かさないとこの対局のように足元をすくわれることを、永瀬叡王はよく知っているのだ。

 それから1年、叡王戦本戦での対局を迎えた。その1年の間は筆者も調子が良かったのだが、永瀬叡王の成績ははるか上をいくものだった。

 冷静にみればかなり分の悪い勝負だ。しかし筆者も必死だった。陰謀を練って当日を迎えた。