クエンティン・タランティーノが、穏やかになった。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を見た人の多くは、おそらくそう思うのではないか。
お約束のバイオレンスもあるが、この最新作はむしろ、L.A.という街と映画への温かな愛、そしてノスタルジアに満ちている。そんな今作を「彼の最もパーソナルな作品」と呼ぶ批評家も少なくない。
「アルフォンソ・キュアロンにとって『ROMA/ローマ』がそうだったように、僕にとって今作は自分の思い出を詰め込んだもの。僕は、当時テレビでどんな番組がかかり、街にどんな看板があって、雑誌にどんな広告が出ていたのか、よく覚えている。人は運転中、うるさいくらいの音量でラジオを聴き、コマーシャルになっても音を下げなかったなんていうことも」
1969年を選んだのには、もちろん理由がある。この年の8月、女優シャロン・テートの殺害事件が起こったからだ。
今作ではテートをマーゴット・ロビーが演じ、ほかにも実在の人物が何人か登場するものの、話自体はフィクション。主人公の落ち目のスター(レオナルド・ディカプリオ)とスタントマン(ブラッド・ピット)も、架空のキャラクターだ。現在では、ひとりの俳優にずっと同じスタントマンが付くという慣習はもはやなく、それもまた昔懐かしの部分である。
「ずっと前、自分の映画にかつてのアクション俳優を雇ったことがあるんだ。その人には15年もついているスタントマンがいたが、その映画で彼にアクションシーンはなかった。でも、ある日、その俳優が、『もしよろしければ、ひとつだけこんなシーンはどうですか』と、スタントマンに出番があるよう、提案をしてきてね。そのシーンの撮影の日、年齢を重ねたふたりの男が同じ衣装を着て仲良さそうにいるのを見て、僕はとても興味深いものを感じた。そして、いつかこれを自分の映画に使おうと思ったんだよ」
今作は彼の9本目の映画。わざわざ予告編にもそれが書かれているのは、彼が映画作りは10本でやめると以前から宣言してきているせいだ。その気持ちは今も変わらないが、だからと言って引退するわけではないともきっぱり。
「将来はテレビや舞台なんかを手がけるかもしれない。でも、劇場用映画は、次で終わりだ。もう長いことやってきたし、何事にも終わりがあるべきと思うから。それに、ボロボロになってやめるんじゃなく、これ以上はもう無理だろうというものを残して去って行きたいんだよね」
ついにその日が訪れた時、タランティーノ映画の定義は、“バイオレンス”でなく、“有終の美”になるのだろうか。8月30日全国公開。
Quentin Jerome Tarantino/1963年、アメリカ・テネシー州生まれ。映画監督、脚本家、俳優。『レザボア・ドッグス』(92)で監督デビュー。『パルプ・フィクション』(94)でカンヌ国際映画祭のパルムドール、アカデミー賞で脚本賞受賞。『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)でアカデミー脚本賞受賞。
INFORMATION
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
8月30日(金)より全国公開
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
http://www.onceinhollywood.jp/