今の世の中、テロは日常茶飯事。ほとんどの人は「またか」で終わってしまうのが、悲しい現実だ。2008年、インドの5つ星ホテルで起きた同時多発テロ事件を描く『ホテル・ムンバイ』を監督したオーストラリア人アンソニー・マラスも、そう認める。

アンソニー・マラス監督

「あの事件は、当時、テレビのニュースで見た。ビルが燃える様子、人々の絶望的な表情にショックを受けたが、また次の事件が起こるたびに、記憶が薄れていったよ。オーストラリアから遠く離れたインドで起きたことだったし」

 そんな彼が改めてこの事件に興味を持ったきっかけは、ドキュメンタリー「Surviving Mumbai」(日本未公開)を見たこと。ホテルに閉じ込められた人たちの体験を聞き、人間の勇気、力を合わせることの尊さに感動したという。

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「ムンバイの人口は、オーストラリアと同じくらい。街の作りも複雑で、警察が到達するには時間がかかる。だから、今作の舞台となるタージマハル・ホテルにいた人質たちも、助けを待つ間、お互いを頼りあうしかなかった。何より驚かされたのはスタッフだ。家に帰ることができたのに帰らなかった人、一度外に出たのに戻ってきた人がいたんだよ」

 たとえば、主人公のウエイター(デヴ・パテル)や、彼の上司であるシェフ(アヌパム・カー)。ウエイターは複数のモデルを混合した架空のキャラクターだが、シェフは実在の人物だ。彼らの凄まじいサバイバルを描きつつ、マラスは攻撃する側も人間としてとらえようとした。今年はマラスのご近所の国ニュージーランドでもショッキングな事件があったばかりだが、自分は特定の宗教を批判しないと強調する。

©2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

「ムンバイのテロリストたちはムスリムではなく過激派。99.9%のムスリムは過激派に同意しない。映画には、テロリストたちが教えられたことの偽善に気付くシーンがあるが、そこだけでなく、僕は、映画のあちこちに、過激派の若者が騙されている様子をちりばめたつもりだ」

 このドラマチックな映画が作られる過程では、予期せぬドラマチックな出来事もあった。ハーベイ・ワインスタインのセクハラ暴露で、今作を製作したワインスタイン・カンパニーが経営破綻に追い込まれたのである。

「彼の被害者には心から同情する。でも彼は、この映画や、ほかの映画のために全身全霊を捧げた人たちをもまた被害者にしたんだよ。この映画に携わった300人か400人のスタッフは、映画が日の目を見るのかとドキドキし続けた。まあ、幸いなんとかなって、今こうやって僕は映画について話しているわけだけど」

 ということは、ワインスタインも立派なテロリストになるのか。

Anthony Maras/オーストラリアのアデレード生まれ。本作が長編初監督作品にしてトロント国際映画祭正式出品作に選出され、世界各国で映画賞を獲得。ヴァラエティ誌の「2018年注目すべき映画監督10人」にも選ばれた、今最も注目を集める新進気鋭の監督。

INFORMATION

『ホテル・ムンバイ』
9月27日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
https://gaga.ne.jp/hotelmumbai/