昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

63年ぶりの国宝! 松江城天守の“特殊構造”を編み出した名将の築城術とは?

天守の“秘策”と城下の銘酒、出雲そばのルーツに迫る

2019/09/14

松江藩から土蔵を譲り受けた廻船問屋が今は……

 さて、今回の楽しみにしていた「國暉(こっき)酒造」の取材へと向かいます。松江城内にあった土蔵を仕込み蔵として使用していると聞きつけ、やってきました。  

 まず、酒蔵の立地に心がざわめきます。江戸時代の城と城下町は同心円状または階段状に配置されるのが基本構造で、城の外側に武家屋敷(侍町)、町人町(町人地)、寺町(寺社地)が置かれます。國暉酒造があるのは松江城の外堀にあたる京橋川の南側で、町人町の中でも武家屋敷や城に近い場所。そして、大橋川が宍道湖に通じる喉元にあり、水上交通を利用した商売をするにはかなりの好立地です。

國暉酒造。主屋と仕込蔵は松江市登録歴史的建造物 ©志水隆/文藝春秋

 話を伺うと、なるほどと納得でした。國暉酒造は明治7年(1874)の創業ですが、江戸時代にはこの地で廻船問屋や藍染業を営んでおり、なんと松江藩から名字帯刀を許されていたそうです。松江城は明治6年(1873)の廃城令後、天守だけは落札後に地元の有志により買い戻されたものの、天守を除くすべての建造物は明治8年(1875)までに払い下げられ、撤去された経緯があります。

 國暉酒造の仕込み蔵が松江城のどこに建っていた土蔵かはわからないそうですが、受け入れる余裕があった廻船問屋が、役目を終えた土蔵を松江藩から譲り受けたようです。  

松江城の外堀にあたる京橋川。國暉酒造は京橋川と大橋川の間にある

「松江城でつくられた酒」が飲める!

 國暉酒造では、ほとんど「島根K1」という酵母を使っていますが、培養した酵母が働くのは速醸法でも6割程度で、4割は蔵に住みついた酵母が働くという研究資料があるそうです。つまり、國暉酒造の酒は松江城内の土蔵に住み着いた酵母なくしては味わえない、ということ。酵母そのものに味があるわけではないですが、「松江城でつくられた酒」と言われれば、城好きなら理屈抜きで興奮してしまいます。

國暉酒造の仕込蔵

 悩んだ末に購入したのは「不昧公」の特別純米。島根県産の酒米を100%使用し、仕込水は島根半島の硬水。大吟醸の酒母を用いた、芳醇でまろやかな旨味のお酒です。喉越しがよく、食中酒によさそうです。

 出雲神話に登場する伝説の酒、八塩折の酒を再現した古代酒「八塩折仕込」にも感激しました。日本酒のルーツは出雲にあるともいわれ、八塩折の酒は『古事記』や『日本書紀』に出てくるのです。須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)に八塩折(やしおり)の酒を飲ませ、酔わせて退治したという伝説があります。濃厚な味わいで、30年モノの紹興酒のような芳醇さ。熟したメロンのような独特の香りと味わいで、濃厚でありながらさわやかでキレのいいお酒でした。

左から、「八塩折仕込」「特別純米 不昧公」「特別吟醸 國暉」 ©志水隆/文藝春秋