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63年ぶりの国宝! 松江城天守の“特殊構造”を編み出した名将の築城術とは?

天守の“秘策”と城下の銘酒、出雲そばのルーツに迫る

2019/09/14

かつて信州からやって来たそば職人たち

 ほろ酔いになったところで、美食の時間です。松江といえば、「出雲そば」の一択で、多くの名店が軒を連ねます。全国各地で食べられているそばは、諸説あるものの信州を発祥とするのが一般的。遠く離れた松江の名物になったのは、寛永15年(1638)に国替えによって松江城主となった松本城主の松平直政が、信州からそば職人を引き連れてきたからとされます。松江の風土に合い、気候や水の違いによって改良されながら出雲そばへと発展しました。

 出雲そばは、「割子」という3段重ねの丸い漆器に盛られたそばに、そばつゆを直接かけていただきます。割子はお弁当箱がルーツで、連と呼ばれる趣味人たちが野外でそばを食べるために考え出し、四角から小判型、そして丸型へと変化したといわれます。弁当にそばとは驚きますが、それほど日常的な食べものだったのでしょう。

武家屋敷の近くにある、神代そば ©志水隆/文藝春秋

食べごろはわずか30秒間!?

 今回訪れた「神代そば」は、連休ともなれば行列ができる名店。「写真撮影はうれしいですが、お出ししたらぜひすぐに召し上がって」とご主人。つなぎ不使用の十割そばは伸びやすく、ほんの30秒でベストのおいしさが失われてしまうのだそうです。「まさか、30秒程度で」と疑わしく思いましたが、本当に一瞬のうちに、明らかに目に見えて麺の表面が変化しました。そばにも鮮度があるのか、と驚いた瞬間でした。

店先で、職人が美しい手つきでそばを打つ ©志水隆/文藝春秋
神代そばの「割子そば」 ©志水隆/文藝春秋

 出雲そばは甘皮まで挽くため、色が濃く香りが高いのが特徴です。神代そばの割子そばは製法上さほど黒くなりませんが、香りはとにかく豊か。香りを邪魔するわさびは添えられません。まず1枚目はそばだけを味わい、次にそばつゆ(神代そばでは「だし」)をかけ、さらに薬味や卵を追加して味の違いを楽しむ。残った「だし」を、2枚目の割子にかけていただきます。

そばと茶の湯を浸透させた7代目藩主

「喉越しを楽しむのではなく、よく噛んで風味を楽しむのが出雲流です」とのご主人の言葉通り、しっかりとした食べ応えで、喉を通った後に口の中に残る芳醇な余韻もたまりません。ほどよくコシもあり、噛みしめると「だし」が絡まって、旨味が口いっぱいに広がります。濃いめの「だし」は、出雲地方に古くから伝わる伝統的な料理酒「地伝酒」をみりんの代わりに使用した特製だそうです。

不昧公ゆかりの茶室、明々庵

 庶民の食べものだったそばを大名までもが食べるようになったのは、茶人でもあった7代藩主の松平治郷(不昧)がそばを好み、茶懐石で用いたからといわれます。茶会ではそばを使った菓子なども出すなど、治郷は大好物のそばとお茶を同時に楽しんでいたとか。松江が全国屈指の和菓子処なのも、茶の湯文化を浸透させた治郷の功績です。「食文化を知ることができるのも城めぐりの楽しみだな」と実感しつつ、私は松江を後にしたのでした。

 

撮影=萩原さちこ

※松江城をめぐる旅の模様は、「文藝春秋」9月号のカラー連載「一城一食」にて、計5ページにわたって掲載しています。

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