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川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点

凶悪事件から読み解く貧困問題 石井光太インタビュー#1

2019/09/28

弱肉強食の「孤児の時代」

――この問題を論じるうえで、本書では戦後の児童福祉政策のあり方を4つの時代にわけて論じていたのが新鮮でした。戦後~60年代「孤児の時代」、70年代~80年代「校内暴力の時代」、90年代「いじめの時代」、2000年代以降「虐待の時代」です。

石井 時代の流れを俯瞰してみると、根っこの問題を解決しないまま対症療法で押さえつけても、時代によって問題の表出の仕方が変わるだけだということが見えてきます。まず「孤児の時代」から考えていきましょう。戦後、街に浮浪児が溢れかえりましたが、彼らはいわゆる戦災孤児と、戦争で精神を病んでしまった親に捨てられた家出少年たちで構成されていました。その最大のたまり場は上野で、12歳以下を中心とした浮浪児が靴磨きや闇市の手伝いなどで食いつないでおり、逆に13歳以上の子供たちは、農家の深刻な人手不足を背景に人買いによる人身売買の対象にされた。社会全体が混乱していた時期で、物理的に食べ物も生活に必要な物資も大きく不足し、1948年には日本で初めて児童福祉法が施行されますが、当然国の手当は追いつきませんでした。

©杉山秀樹/文藝春秋

 子供たちは怒りの表出先をどこに向けるかというより、日々生きるだけで精一杯の弱肉強食の世界でした。統計をみると明らかですが1950年代に入って自殺者数が急激に増えていくんですね。路上での野垂れ死や餓死、凍死も多く、精神的に耐えられなくなった人たちから自殺していく。かつて上野の浮浪児だったヤクザの組長に取材したことがあるんですが、当時はみんなお腹をすかせて犬も食料にしているような状態。あるとき隅田川を歩いていたら仲間がひとり「もう疲れたよ」ってつぶやいて、ドボンと隅田川に飛び込んで自殺してしまったそうです。生き延びたその組長は戦後73年たって、その同じ川に飛び込んで自殺するんですね……。

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 生き残るというのが運だった時代。浮浪児だけでなくパンパンや傷痍軍人のような社会に捨てられた棄民が相当数いた。彼らは棄民たち同士で助け合い、それこそヤクザに助けられて生き延びた子供たちもいた。生きるのに必死すぎてそこには尊厳もクソもなかったというのが彼らの本音で、日本が絶対的貧困だった時代です。