「お金」や「場所」を用意するだけでは貧困問題を解決できない
その何が一番問題かというと、貧困が生み出す「自己否定感」です。たとえば生活保護を受ければ、最低限の住まいはあって確かに餓死はしないでしょう。でも親も子供たちも「社会のお荷物だ」「世間に顔向けできない」といった疎外感をもちやすく、自己否定感を抱いてしまう。長年そういう精神状態でいると、自分の人生に対して希望を持てずに自暴自棄になり、犯罪、虐待、売春、薬物依存などの問題と結びつきやすくなります。
生活保護予算はすでに3兆円を超え、国も各自治体も膨大なお金をかけてさまざまな施策を打ち出していますが、この自己否定感の問題に目を向けて一人ひとりの中に「自己肯定感」が生まれるような支援でないと、いくらお金を出し、ただ場所を用意したところで問題の抜本的解決にはなりません。単に支援センターみたいな箱だけあって、「ここに来なよ」「支援者もいますよ」といわれても、とくに未成年者にとっては関わりづらいものがあります。
――メンタルの部分に踏み込んだ福祉政策でないと、せっかくの支援があまり功を奏さないということでしょうか。
石井 その通りです。自己否定感を持った子は、学校にも部活にも家庭にも居場所がありません。そういう子は地域コミュニティの中で自分の役割をきちんと持ててこそ、はじめてアイデンティティができて、そこが自分の居場所になってきます。金銭と箱だけでは貧困問題を解決できないんです。
じつは、川崎中1男子生徒殺害事件を取材して分かったのは、被害者の上村遼太くんも加害者の少年たちもみんな、地元のNPOや児童福祉施設と何度かつながっていたのに、全員そこからこぼれ落ちてしまっていたことです。遼太くんのケースでいうと、家庭内暴力が原因で離婚したお母さんは5人の子供を抱えて生活保護を受けていましたが、そこにお母さんの新しい彼氏が家に住み始めるんです。そんな複雑な環境ゆえ思春期の中学1年生にとって家に居場所はなかった。加害者側のある少年はフィリピン人ハーフで、お父さんは蒸発していないし、パブで働くお母さんは日本語が話せず子供をネグレクトし、家では妹と二人で食事もままならない極貧家庭でした。学校ではいじめられて不登校になり、結果、行き場がなくなって不良グループで集まるようになっていった。そして些細な勘違いから、43回もカッターナイフで切り刻まれたあの悲惨な事件が起きたわけですが、福祉制度との接点はあったにもかかわらず、自己否定感から始まった負の連鎖がセーフティーネットを食い破ってしまった。