家族への言葉を求められると……
「百折不撓」とは何度失敗しても信念を曲げないことだが、まさに木村を表すにふさわしい。そんな木村が発した、ファンの心を打つ名言がある。
「負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう」
その言葉通りに木村は踏みとどまり続け、7度目のタイトル戦にしてついに悲願を成し遂げたのだ。奇しくも、兄弟子の米長邦雄永世棋聖が7度目の挑戦にして、49歳11ヵ月で名人を獲得した平成5年当時に「中年の星」と騒がれたが、弟弟子は令和時代の中年の星となった。
豊島が頭を下げた瞬間については「いつも通りだったような気がします。勝ちを意識していた時間が短く、楽観している暇もありませんでした」と振り返る。
インタビュー中は普段通りの様子だった木村だが、これまで支えてくれた家族への言葉を求められると、思わず目をぬぐい「家に帰ってから言います」と消え入りそうな声で語った。
2日目の昼食休憩時、筆者は対局室に戻ろうとする木村と廊下ですれ違った。その時の木村はこちらを向いてニヤリと笑った(ような気がした)。木村のこんな姿を見るのは初めてで、やはり過去とは何かが違うように思った。その数時間後にタイトル獲得の感想を求められた木村は「これまでは自分に縁がないものと思っていたので、あまり意識していませんでした。まだ実感もありませんが、これからその重みを意識するようになるのでしょうか」と語った。
その重みを実感してからの「将棋の強いおじさん」の活躍により期待したい。