これほど「悲願」という言葉がふさわしい状況もないだろう。9月26日、プロ棋士の木村一基九段が第60期王位戦七番勝負第7局で豊島将之王位を破り、自身の初タイトルとなる王位を獲得した。46歳3ヵ月での初タイトル獲得は、これまでの最年長記録だった有吉道夫九段の37歳6ヵ月を大幅に上回る記録である。

うつむいて涙をこらえるように見える姿も

初タイトル獲得の感想を問われ、「まあ、うれしいです」と答える木村一基新王位 ©山元茂樹/文藝春秋

 終局直後に行われた取材で、感想を求められた時には「まあ、うれしいです」と淡々と答えていた木村だが、その後、大盤解説会場に移動してファンから万雷の拍手をもって迎えられた時には、うつむいて涙をこらえるように見える姿もあった。「多くの方に支えていただいたシリーズでした」と振り返る。

 そして1時間ほど行われた感想戦の後に共同インタビューが行われた。まず今期シリーズの印象を尋ねられて「充実している相手に挑戦できたのは良かったです。当初はストレート負けをしないようにと考えていましたが、第1局に完敗して流れを変えなくてはと思いました。3局目で初白星を挙げ、ホッとしました」と語った。

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©文藝春秋

 木村が四段昇段を果たしたのは1997年4月。23歳でのプロ棋士デビューはやや遅咲きだが、デビュー当初からその棋才は高く評価されていた。1998年度の新人賞を受賞し、翌99年度は0.797で勝率1位賞を受賞。2001年度は73対局、61勝、0.836で最多対局賞、最多勝利賞、勝率1位賞の記録部門三冠に輝いた。同一年度に70対局及び60勝以上、そして勝率8割を達成したのは木村の他に、羽生善治九段と藤井聡太七段の2人しかいない。

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 木村が初めてタイトル挑戦を果たしたのは2005年の竜王戦七番勝負。受けて立つ渡辺明竜王(当時)にとっては、自身初の防衛戦でもあった。このシリーズはのちに竜王9連覇を達成する渡辺が4勝0敗で圧倒したが、下馬評では木村乗りの声もかなりの方面で聞こえていたこともあり、次のタイトル獲得の有力候補に数えられたことは間違いない。