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2019/10/15

「フランス語の分からない」イーサン・ホークがいる意味

――日仏合作映画であり、キャストやスタッフがほとんどフランス人だったなかで、リュミール(ビノシュ)の夫役であるイーサン・ホークはアメリカ人です。昨年はカンヌ国際映画祭への参加を終えた後、監督自ら出演を直談判するために、その足でニューヨークへ向かったそうですね。

是枝 イーサンは、役者としても人としても素晴らしかったです。あの家の中にフランス語の分からない男が1人いるということが、物語としてはすごく大事だったんじゃないかと思います。

――家族が揃ったディナーの後、ファビエンヌ(ドヌーヴ)とイーサン演じるハンクのやりとりで、フランス語が分からないハンクを無視して、あえてフランス語で話し続けるシーンが印象的でした。

是枝 それが、僕のポジションだから。

著書『こんな雨の日に 映画「真実」をめぐるいくつかのこと』を手に取りながら

――ドヌーヴさんご本人は「この主人公は私とは全く違うから」と語っていますが、フランス映画のイコンともいえる存在のカトリーヌ・ドヌーヴに対して、例えば世界的な人気を博した『シェルブールの雨傘』の時期と現在を比べて、演出を検討するということはありましたか。

是枝 あまり比べて考えてはいないですね。今の彼女をどう魅力的に撮るかということは考えるし、それはできたと思っているけど、過去の彼女の作品と比べてどうかとはそんなに考えない。優劣ではないと思います。だって、『シェルブール』は動かしようのない映画史上の傑作ですから。

 あの時の自分は100パーセントの自分だったけれど、今、役者としての自分をどういう風に面白がって生かしていくか。そこはドヌーヴさん自身が考えて、作品選びをしているのではないかと思います。

カトリーヌ・ドヌーヴ photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

――劇中でファビエンヌが出演する映画の原作として、SF短編「母の記憶に」(ケン・リュウ、早川書房)をなぜ選ばれたのでしょう。SFを撮りたかったということですか?

是枝 いや、そういうことではなくて。『真実』ができる過程で、最初に書いた未完成の脚本『こんな雨の日に』では、劇中劇がレイモンド・カーヴァーの『大聖堂』でした。テーマは友情。「老女優の友人でありライバルだった女優が、若くして亡くなっている」という設定はその時からあって、友人を裏切ってしまった老女優がクローク係の妻との新しい友情を手にするという話だった。しかし『こんな雨の日に』は、2003年の暮れにパルコ劇場で上演するべく準備していたものの実現しなかったんです。

 そんな中、映画『バードマン』(2014)が公開されて、レイモンド・カーヴァー作品を舞台で演じるという話で。思いついたのは僕のほうが先なんですけどね(笑)。それでカーヴァーをやめて、何にしようかなと思っている中で、脚本が母と娘の話にシフトしていったから、それなら劇中劇も母娘ものにしようと思って。 

 

――じゃあ結構、原作になりそうな小説はいろいろ読まれて。

是枝 短編がいいなと思っていて、意外と早くケン・リュウの作品に行き当たりました。「母の記憶に」というタイトルを見つけてピンと来て、読んでみたらぴったりでした。余命2年を宣告された母が娘の成長を見届けるために宇宙へ旅立ち、7年に一度だけ娘を訪れることで、見た目には娘だけが歳を重ねて老いていく。残された女優だけが年を重ねるという映画の設定と完全にリンクしたので、もうこれ以上の作品は無いと思ってすぐに権利関係を確認してもらい、使用できることになって、ホッとしました。