――その後は再び三段リーグを戦い、そちらでは挫折しましたが、めげずに対プロ公式戦で10勝4敗の成績を挙げ、プロ編入試験の受験資格を得ました。
「試験を意識したのは9勝目です。ですが意識したことを公言するのはプロの先生に対して不遜だと思いました。資格を得るまでは絶対に何も言わないと決めていました。プロ棋士に勝つのは大変で、その皮算用をすることは自分にはできません。あとはプロ公式戦に参加するため、アマ大会で好成績を挙げるのが大変です。折田さんも今回のチャンスで決めていないと次があるかどうかわからなかったでしょう。三段リーグ経験者でも、現在のアマチュア大会は地区予選を抜けるのも容易ではありません」
――プロ試験では2連勝のスタートでした。
「それからのほうが妙にプレッシャーがかかりましたね。『次で決めたい』と思ったことで、邪念が入ったようです。『勝ちたい』というより『こんなにうまくいっていいのか』という余計なことを考えてしまいました。そうなるとうまくいかないように設計されているのが僕の人生です」
「今泉さん、まだ何も終わっていませんから」
――果たして、王手をかけた後に1敗しました。
「3局目も勝ちがある将棋でしたから、それは痛かったですよ。でも僕の場合は周りの方々がすごくいい空気を作ってくれました。やや時間が戻りますが、試験の権利を勝ち取った瞬間に、まったく縁もゆかりもない人が『今泉さんを応援する会』を作ってくれました。のちに私が書籍を出す時にも大きく力になってくれた方ですが、『こういうことはレールを作って既成事実みたいにしちゃうのがいいんだ』と言われたことがすごく印象に残っています。本当にありがたいですね。
また1敗した時の自分はこの世の終わりみたいに落ち込みましたが、『今泉さん、まだ何も終わっていませんから』と声をかけてくださる方がいました。毎日新聞の将棋担当を務める山村英樹記者です。将棋界の大ベテランにそう言ってもらえたのはすごくうれしかったですね。皆さんの一言一言が自分の力になったなと改めて思います。色々な人に救ってもらえたとしか思えない人生です」
――今泉さんにとって、プロにまであと1勝という状況は三段リーグでもあったことでした。
「あのときも、皆が応援してくれていたのは間違いないです。でも当時の僕にはそれがわからなかった。救いの手が見えていなかったんです。もちろん盤に向かえば頼れるのは己の力のみですが、自分が一人ぼっちで戦っているとしか考えていなかった。だから負けたんだろうなと思いますね」