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探偵に作家に 犯人逮捕に懸賞金「大枚の500円」

 世間が忘れかけた時が、捜査当局のいちばん苦悩する時であり、新聞記者もいつ事件が新発展するかも知れないと云う不安に襲われて緊張する時である。素人探偵の活躍がはじまり、玉の井の銘酒屋街から、犯人逮捕の殊勲者に当時としては大枚の500円の懸賞金が出た。探偵作家陣の売れっ子、浜尾四郎子爵、正木不如丘博士、森下雨村氏、牧逸馬氏など新聞雑誌社から引っ張り凧であった。

事件現場の作家・牧逸馬氏 ©文藝春秋

 毎日新聞の警視庁担当記者に楠本義郎と云う男がいた。今は他界したがこの男は「事件の虫」だった。蓬頭垢面ひょうひょろっとして一見弱いように見えながら、芯が強く、一度事件が起ると、覚醒剤の注射をしたように全身に生気が吹き返って、その事件が片づくまで、精根の限りをつくして働く男だった。犯人捜査は刑事よりもうまくて、新聞記者と云う職業意識を忘れて、いい聞込みがあると〆切時間もなにもかも忘れて没頭し、2日も3日も本社へ連絡をとらないような男だった。楠本から連絡がなくなると「そらァ、またはじまったぞ」とデスクが顔を見合せたものである。そんな風だから、〆切間際にトップ記事がなくて弱っている時など、楠本をデスクへ呼んで「おい、何か一つ出せよ」と水をむけると上衣の内ポケットから、くちゃくちゃになった手帳を出して、けちん坊がが惜しそうに物をくれるような恰好で、特種を出したもので、当時の警視庁から捜査係長にとの内交渉をうけたほどの変人奇人だった。

「迷宮入り?」からスピード解決へ 楠本が推理した“犯人像”

 この楠本が「迷宮か」の烙印を押されてから、俄かに活気づいて、例の調子で鼻をくんくん鳴らし、にんにくのくさい息を吐きながら、何かを目当てに動いていた。彼の捜査メモによるとおはぐろどぶで発見された首と胴の包みは、重量にして7貫匁ある。これだけの重量のものを1人で運んできたとは思われない。重い方を男だ、軽い方を女が持つと云う男女2人の共謀の犯行でないか。一人を女と推定する理由は、包に附著していた髪の毛、帯芯のような紐などからの推理である。そして、犯人と被害者は生活環境があまりよくない。下町の貧乏世帯と睨んだ。そのわけは、包に鰯の鱗がついていた――おそらく、火鉢で鰯の焼いたのを食べ、傍に猫がいて、火鉢の周囲で被害者の油断を見すまして、犯人の男が殺し、犯人の女がこれを手伝って、死体の始末をした――そんな風に事件解決への構想を組立てて、この線に沿って、彼一流の捜査をつづけていた。

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「犯人逮捕」の東京朝日「スクープ」記事

 時は容赦なく流れ去って、事件から8カ月目の昭和7年10月19日、さしも難事件といわれたバラバラの糸がほぐれて、被害者の身元判明から犯人検挙へと――急転直下スピード解決へ持ちこまれた。