道なりに歩いていると、平田さんが川底を指差して教えてくれる。
「あれ、昔の温泉ですよ」
たしかに、川底にプールのようなものが見える。特別に許可をいただいて近寄ると、ポツポツ温泉が湧いているらしき箇所が見えた。
どれくらい前から「親谷の湯」は利用されていたのか?
「楠木正成の時代くらいからと聞いてますね」(平田さん)
楠木公が活躍したのは1300年代前半頃。ええっ、そんなに昔から?
「そうそう。飛騨のほうから、山を越えて入ってくる人も多かったんですよ」(平田さん)
その後、地元の人からも「帰雲城(*)のお殿様も利用していたらしい」という話を聞いた。当時の山越えは、今とは比べ物にならないくらい危険だっただろう。大変なリスクをおかしてまで入りたかったような、ありがたい温泉なのだ。
*……現在の岐阜県大野郡白川村三方崩山の下、保木脇にあった武将・内ヶ島氏の居城。天正地震(1586年1月18日)によって引き起こされた山崩れで、城や城下町がすべて埋没した。
20分歩いてようやく……
今は、昔の温泉とは別に露天風呂が作ってあるらしいので、先に進む。
園地のあたりから徒歩10分経った頃か。突然、目の前に姥ヶ滝が現れた。すごい!
そして、そのすぐ目の前のベストスポットに設置されている露天風呂こそが、「親谷の湯」だ。
露天風呂は混浴。簡易だが更衣室もあるので、そこで水着に着替えて浸かるといいのかもしれない。神経痛・筋肉痛・関節痛のほか、皮膚病に効くので有名なのだそう。お湯は透明で、無味無臭だ。
もっと気軽に浸かりたい人は、そのすぐ上に足湯が設置されている。編集部のメンバーも入ってみた。気持ちいい~! しかも目の前は絶景。なんて贅沢!