親孝行なのに……「あのCM」はなぜ炎上してしまったのか?
速水 少し前にAmazon EchoのCMが炎上していたけど、「本当に許せない」と言っている女性に一生懸命ヒアリングしても、正直よくわからなかった。いわゆるマザコンだからキモいってことだけでいいのかな。
おぐら 母親を好きっていうこと自体は別に問題じゃないと思うんですよね。それよりも、CM中に母親が息子に向かって「今度はどんな子なの?」と言っていたように、歴代の恋人の情報を共有している距離感と、そのリアクションとして息子が「アレクサ、通話を切って」と、それまでレシピを聞いていたのに無理やりコミュニケーションを遮断する、思春期かよっていう振る舞いにカチンときたのでは。
速水 レシピが肉じゃがっていう時点で、お母さんの味=肉じゃがという刷り込みを3周ぐらい遅れたうえでやっていてダサいとは思うけど。
おぐら あれが恋人のためではなく、自分で食べる、もしくは友人や知人にふるまうために作っていたら、だいぶ印象は変わってきます。
速水 ということは、多くの人が息子の恋人の立場になって怒ってるということだよね。でも、この国でテレビを見ている全体の年齢層を考えると、圧倒的に母親世代のほうが多いわけで、なのになぜ、親孝行をテーマにしたCMとして見られないんだろうっていうのが、実は最初に思ったことで。
おぐら 息子が一方的に通話を切らず、恋人の話もせず、肉じゃがをカレーにしちゃうような強引さもなく、レシピを聞いて「ありがとう、助かったよ」で終わっていたら、親孝行のCMになったんじゃないですかね。そういう細かいダメなポイントがたくさんある。それに、肉じゃがに限らず「おふくろの味」的なものは、これまでにたくさんの争いや実害を生み出しているので、そこは甘く見てもらえないですよ。
速水 そういうトラウマに火をつけたってのはあるだろうね。でも恋人の姿が一切出てこないことを考えると、本当は彼女なんていないっていう可能性もある。なんなら画面越しの母親でさえ実在しない可能性も。だってあの商品が一番訴求したいポイントは、そういう日常の中でAIを活用しましょうってことだから。
おぐら 実在しない人と普通に会話するって、それはまだあんまり日常的ではないような……。
速水 だから、そういうことが日常になるよっていう。
JSB岩田が「正社員になる!」と叫ぶCMが感動を呼ぶナゾ
おぐら CMといえば、三代目 J SOUL BROTHERSの岩田剛典が出演している「バイトルNEXT」のCMって見たことありますか?
速水 ある気もするけど、覚えてないな。
おぐら 社員向け求人サイトのCMで、岩田剛典が雨に打たれながら「一緒に暮らそう!……おれ……正社員になる!」って言うだけの1カットのCMなんですけど。
速水 「あなたと一緒に暮らすために、身を固めます」っていうのを「正社員になる」の一言で表現してるんだ。
おぐら 今の時代だからこそ、あの「正社員になる」がすごく響くんだろうなぁって思ったんですよね。職種や給与とかの話ではなく、ただただ正社員というだけで価値があり、それはなかなか手に入らないものっていう時代背景が反映されている。
速水 現実味があるんだ。昭和だったら当たり前すぎて、意を決して「正社員になる!」なんて言ったら笑われちゃう。
おぐら これがもし「おれ……EXILE TRIBEになる!」だったらどうですか?
速水 一緒には暮らせないね。
おぐら でも、このセリフを言っている岩田剛典は、中学校から大学まで慶應義塾に通っていて、大学在学中に三代目 J SOUL BROTHERSのオーディションに受かり、すでに大手企業の内定も決まっていたのに、それを辞退してEXILE TRIBEに入ったんですよ。本人はインタビューで「一度っきりの人生だし、だったら僕が一番好きな『ダンス』に将来をかけてみたいって思ったんです」と言っています。
岩田剛典「大企業の内定を蹴って三代目 J Soul Brothersの道を選んだ理由」(月刊SPA!)
https://nikkan-spa.jp/1123190
速水 すごい皮肉だな。EXILEに憧れてバイトをしながら夢を追いかけている人たちは、どういう気持ちで見るんだろう。
おぐら EXILE TRIBEに入るっていうのはかなり極端な例ですが、今の時代、それなりの能力がある人たちは、わざわざ制約も多い正社員の道を選ばないで、フリーランスとして活躍したり、自ら起業するのも当たり前になっていますよね。一方で、派遣や契約、業務委託で働いている人たちの中には、どんなに正社員になりたくても、なかなかなれない現状がある。つまり、大手企業の内定を蹴ってEXILE TRIBEになった岩田剛典が「正社員になる!」と言うことで、暗に新自由主義的な分断も表現しているんですよ、あのCMは。
速水 それは考えすぎだね。ただ、今このタイミングで「正社員になる」に希望や説得力を与えるなら、アラフォー世代にやってほしかったな。就職氷河期を過ごし、ロスジェネと言われ、もう正社員にはなれないと言われている人たちに向けて。