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「すきな女のお尻ならわたしでもなめますで」

「土佐源氏」の話のもとになったのは、宮本が土佐の山中で出会った盲目の元馬喰が語った昔話である。

 行く先々で何人もの女性と情を重ねた馬喰は、「おかたさま」と呼ばれる身分の高い女性に心底惚れるようになった。

 馬喰が「おかたさま」と初めて関係を結ぶのは、馬喰が「おかたさま」が大事に育てている牛の種つけをしたあとだった。

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〈そしたらおかたさまは、駄屋をきれいになさって、敷わらも換えて、牛をぴかぴかするほどみがいていた。(中略)「おかたさまおかたさま、あんたのように牛を大事にする人は見たことがありません。どだい尻をなめてもええほどきれいにしておられる」というたら、それこそおかしそうに「あんなこといいなさる。どんなにきれいにしても尻がなめられようか」といいなさる。「なめますで、なめますで、牛どうしでもなめますで。すきな女のお尻ならわたしでもなめますで」いうたら、おかたさまはまっかになってあんた向こうをむきなさった〉

 種つけが終わると、牡牛は牝牛の尻をなめはじめた。馬喰は「それ見なされ」と言って「おかたさま」を口説き始めた。

〈「おかたさま、おかたさま、人間もかわりありませんで。わしなら、いくらでもおかたさまの……」。おかたさまは何もいわだった。わしの手をしっかりにぎりなさって、目へいっぱい涙をためてのう。

 わしは牛の駄屋の隣の納屋の藁(わら)の中でおかたさまと寝た〉

 それから間もなくおかたさまはポックリ死んだ。馬喰は三日三晩泣きに泣き、そのあげく目がつぶれた──。

人間が異常なほど好きな、宮本常一という男

宮本常一 ©文藝春秋

 こんな猥雑なくせに哀切きわまりない物語を平気で書ける宮本常一という男は、相当好奇心が強いんだろうな、もっとストレートにいえば、異常なほど「助平」なんだろうと思ったことを覚えている。

 後年、宮本の顔写真を見たが、思った通り「好色」そうな顔だった。そのとき落胆したのと同時に、へんな信頼感を覚えた。人間が異常なほど好きでない限り、こういう「変態」的な「文学」は絶対に書けない。

 渋沢栄一が型破りな「助平」だったことは、すでに述べた。その栄一の孫の敬三と宮本が不思議な縁を結ぶ。それが人間世界の綾が織りなす、得もいわれぬ面白いところである。渋沢栄一は武蔵国・血洗島(現・埼玉県深谷市)の豪農の出身である。敬三はもしかすると、宮本に代々流れる祖父と同じ百姓の血を感じたのかもしれない。

 宮本の生涯を取材して驚いたことは、私の妻の父つまり義父の境遇に酷似していることだった。