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一人ひとりの書店員さんが手渡しで売ってくれている

――高校生でモリスンと出会って、でも自分で小説を書いてみたいと思うのはずっと先のことですよね。

西 大学を卒業してから、雑誌のライターのアルバイトをしたんです。文章を書くのは好きでした。でも、お店の紹介記事って、ちゃんと情報を書かないとあかんでしょう。私はそれよりも自分がそのお店や店主をどう思ったかを書きたかった。そこにストレスを感じていたようで、自分で小説を書き出したらすごく楽しかった。はじめて書いたのは十二カ月の話で、1月はりんごの話とか、何月は幽霊になるおっちゃんの話とか。きっと小説っぽいものを書いていることに満足していたんです、たぶん。そうではなくて、自分のなかから出てくるものを書こうと思って。それで書き方を変えたら、「あおい」と「サムのこと」が一気にできあがって、嬉しくなって。それで東京に出てきました。

――なんとか活字にしたいと思って東京へ。新人賞に応募することは考えなかったそうですね。

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西 よく知らなかったんです。私、『新潮45』に電話したくらいやから。「小説書いているんで、読んでほしいんですけど」って言ったら「うちの雑誌、読んだことありますかっ!?」って言って切られた(笑)。それで心折れて、シクシクしてたら、知り合いに石川さんを紹介してもらったんです。原稿をお送りして1カ月くらいで返事がきたんです。バイトしている間に留守電に「小学館の石川といいますが、本のことで……」って入ってて。それで後日、渋谷のセルリアンタワーでお会いすることにしたんです。返事がもらえるとも思っていなかったのに、びっくりして。いちばんのお洒落していこうと思って、なぜかケニア陸上のユニフォームを着ていきました(笑)。ケニアの国旗ってかわいいやん、色使いとか。それで、競技用のタンクトップの上にジャケットみたいなの着て行ったんです。それはいまだに友達にからかわれますね。

――(笑)。

西 そんで行ったら、ロビーがめっちゃきれいで! 緊張して石川さんに電話したら「あ、僕も今ロビーにいます」って言うから「どこやろう」と思ったら、柱の横にひっそりと眼鏡の背の高い人が立っていて、え、こんな人…?って(笑)。でもその時からちゃんと作家として接してくれた。「ああ、君かい」みたいなのではなく、(腰低く案内するゼスチャーをして)「こちらでいいですか?」って。で、その時に入った喫茶店で「本にしたいです」と言われてびっくりしました。

――直木賞選考の日は、そのお店で石川さんと二人で待ち会をしていたんですよね。

西 石川さんと二人でそこから始まった10年やったし。『あおい』(2004年刊/のち小学館文庫)『さくら』(2005年刊/のち小学館文庫)『きいろいゾウ』(2006年刊/のち小学館文庫)と三冊連続石川さんに担当してもらいました。石川さんもやし、小学館の営業の人とか販売の人とか、みんな一丸になって応援してくれました。年齢もそんなに変わらなかったんですけど、お兄さんたちが私のために頑張ってくれているって感じでした。本当にラッキーだったんです。その頃って、石川さんが『世界の中心で、愛をさけぶ』を担当した後で……。

あおい (小学館文庫)

西 加奈子(著)

小学館
2007年6月6日 発売

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さくら (小学館文庫)

西 加奈子(著)

小学館
2007年12月4日 発売

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――そうそう。小学館は新人賞がないから、編集者が自分が担当したい作家を独自にあたっているところだったそうですね。でも西さん、結構いつも石川さんのことからかってるから、はじめて「『サラバ!』は石川さんに読んでもらいたくて書いた」と聞いた時、えっ、そんなに敬意があったのか!って思っちゃいましたよ(笑)。

西 いや、石川さんには本当に本当に感謝してます!! でも一緒にいると、なんかどうしてもいじりたくなるんですよね(笑)! 私自身はどんどん偉そうになって、でも石川さんは全く変わらなくて。今自分がなんでここにいるのかっていうことは、本当にそれは忘れちゃいけないって思っています。

――さて、『さくら』の大ブレイクは、新人、しかも新人賞を経ていない新人としては異例でしたよね。あれは書店員さんのプッシュで口コミが広がったんですよね。

西 そうなんです。だから記者会見の時は、「本屋さんに行ってください」って絶対言おうと思ってました。だって本屋さんに行かんかったらモリスンに出会ってないわけやし、紀伊國屋の梅田本店が面出しで置いてくれてなかったら、絶対手に取ってなかった。そういう出会いがあって、今私は小説家になっている。本屋が私の人生を変えたわけですよね。本屋には、そういう物語があるんだと思います。

――『さくら』は書店員さんにものすごく支持された作品でしたね。

西 本屋さんの反響がすごくあるって言われて発売前に増刷したんです。宣伝も大々的にやってくださった。まだ27歳のデビューしたばっかりの新人で、うれしい反面怖くて。イメージとしては、何万部、次は何万部と刷られてるのを、化け物がどんどん飲み込んでいく感じを想像してたんじゃないかなって私自身思うんです。でも、書店回りさせてもらったら、書店員さんが、もうすごい話してくれるの。『さくら』が好きで、こうで、こうで……って。そんときに、怖くなくなったんですよね。あっ、売れるってこういうことなんやって。『さくら』を愛してくれている一人ひとりの書店員さんが、一人ひとりの読者に手渡しで売ってくれることなんやって。それを思ってから、まったく怖くなくなって、それをすごく感謝してるんですよ。今回も石川さんと『サラバ!』で書店回りした帰りのタクシーで、「なんか恩返ししたいね」「書店員さんへの恩返しっていったら、それは売れることだよね」「じゃあ賞をほしいね」って話していたんです。

――『さくら』はほのぼのした家族小説のようでいて、実はとても残酷なことが起きる。光も闇もちゃんと描きたい、というのはこの頃からはっきりありましたよね。

西 あんまり憶えてないんですけど、最初に書いた十二カ月の話のひとつが『さくら』の原型だったんです。それはよぼよぼの犬を家族が囲んでいる場面が浮かんで書いたもの。だから、なにか家族に辛いことがあったというイメージがありました。でも自分は暗いところも書きたいんだとはっきりわかったのは『きいろいゾウ』でした。田舎の夫婦の健やかでゆったりした日常を書こうと思ったのに二人に試練を与えてしまったのは、そういうことなんやと思いました。すごくきれいに見える絵でも、どこかキズがあった時、その上をきれいに塗ってもキズはそのまま下に残っていますよね。『きいろいゾウ』では戦争は駄目だってことも書きたかったですね。作家はそういう発信ができるんだなって思いました。