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東大卒“畑に入らないマネージャー”が「農業はポテンシャルの宝庫」だと言いきれる理由

『農業新時代 ネクスト・ファーマーズの挑戦』

2019/11/02
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大企業に入って、同じように働くことは避けたい

 宇都宮でなにをしようかと考えた時、避けたいのは大企業に入って、同じような職に就くことだった。普通に転職活動をすると、そうなることは目に見えている。そこで佐川は、栃木県内の企業のインターンシップを紹介しているNPOに連絡を取った。そのとき案内されたのが、宇都宮駅から車で20分ほどの下荒針町に位置する阿部梨園だった。

 あまり知られていないが、栃木県は全国3位の梨の収穫量を誇る。1975年創業の阿部梨園を率いているのは、3代目の阿部英生さん。栽培面積は2.6ヘクタールで、「量より質」を追求して9種類の梨を栽培し、直売中心で販売してきた。しかしその当時、スタッフが長続きしないなど経営上の課題を抱えており、「何か組織に刺激を与えてみるのもいいんじゃないか」(阿部さん)と、初めてインターンシップの受け入れを決めたところだった。

「NPOの方が、農学部出身だからぜひこれがいいと阿部梨園をプッシュしてくれたんです。前職で働き過ぎて疲れが残っていたので、フルタイムの仕事に戻る前に、パートタイムでどこかにコミットするのも良いだろうと参加を決めました」

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©iStock.com

 契約は2014年9月から12月まで、各週2、3回。佐川に与えられたのは「イベントで集客しましょう」「ボランティアの活用など労働力不足を解消するような仕組み作りをしましょう」というミッションだった。

 しかし、阿部梨園に足を運ぶようになって数日もたつと、もっと根本的な問題があると感じるようになった。物の置き場所が決まっていない。資材の置き場所に名前がないので、どこに何があるかわかりづらい。大事な書類がお菓子の箱に入っている。事務所が家の延長のようになっていて、雑然としている。デュポンの環境と比べると、同じ「ビジネス」をしているはずなのに、別世界に見えた。

ソフトボールのように大きい梨

 その一方で、栽培している9種類の梨はとても丁寧に作られていた。そのこだわりが、ソフトボールのように大きい梨となる。

「モノが良くて売れているんだったら、足腰の部分をちゃんとチューニングすればもっといい農園になるんじゃないか」

 そこで、意を決して進言した。

「やるべきことは集客じゃない。家業から事業に変えるために本気でやりましょう」

 阿部さんは、その提案を歓迎した。

「僕は梨を作ることに注力しすぎていたので、事業といっても何をどうしたらいいのかわかりませんでした。だから助かったし、なにより本気だなと思ったんですよね」