阿部梨園での改善をオンラインで無料公開
しかし2019年1月から、佐川は阿部梨園の社員という立場を離れ、週に2日だけかかわるようになった。理由は3つある。直売率がほぼ100%に達し、経営改善もひと通り終えたなかで、「『佐川しかできない』となっていた仕事を誰にでもできるようにしよう」と考えたのがひとつ。もうひとつは「自分の分の給料を減らして、阿部が農園をさらに進化させるための投資をしやすくするため」。最後は、佐川自身の大きな変化がある。
17年、佐川は「阿部梨園での改善をオンラインで無料公開する」という目的で、クラウドファンディングを行った。目標金額は100万円だったが、集まった金額は446万3000円にのぼった。世の中の農家が、どれほど切実に現場に即したカイゼンを求めているのか、わかる金額だ。この資金をもとに18年5月、「阿部梨園の知恵袋 農家の小さい改善実例300」というサイトを立ちあげたところ、予想以上に反響が大きく、日本全国の生産者、団体から講演の依頼が殺到したのだ。
「これは、自分でも本当にビックリしています。今年(19年)は講演の依頼だけで70~80件あって、『阿部梨園の知恵袋』を立ち上げる前の5倍から10倍になります」
平均すれば月に6、7件。生産者からのニーズの高さがうかがえる。しかも、会場には若者だけでなく、高齢の生産者も少なくないという。
佐川の存在に注目したのは、生産者だけではない。生産者向けにITサービスや経営支援サービスを展開したい企業からも声がかかり、2019年8月現在、6社と手を組み、農業界での知見を活かして支援している。
たまたまどちらもサポートできるポジションだった
農業分野に参入したい企業にとって、一番の難関は農業の現場との関係づくりだ。新しいサービスやプロダクトを導入するのは基本的に面倒くさいことだし、お金がかかるなら、なおさらだ。手書き、FAX、アバウトな生産管理にどんぶり勘定の農家はいまだに珍しくない。そもそも、農業の現場を知らないスーツ姿のサラリーマンが横文字を並べても、信頼を得るのは難しい。
「企業側は、どうやったら自社のサービスが課題解決に貢献できるのか知りたい、でも生産者がなにに困っているのか、深い部分の本音や実情を探りあぐねています。生産者は、そもそも世の中にどんなサービスがあるのか、なにをどう使えばいいのかわかっていない方も多い。僕はたまたまどちらにもサポートできる、すごくニッチなポジションにいたんです」
生産者から講演の依頼が入ると、佐川はできる限り引き受けて、現場に足を運ぶようにしている。自分の経験やノウハウを伝えるだけでなく、悩みを抱える生産者と直接コミュニケーションを取ることで、日本の農業全体を少しでも底上げしたいと考えているからだ。この活動に関心を持ち、生産者や他業界から、佐川のように「農家の右腕になりたい」という若者も出てきているという。
身ひとつで全国を渡り歩く「農家のカイゼン伝道師」はいま、確信を強めている。
「日本の農業は元気がない、担い手が少ない、食料自給率も上がらないという状態ですけど、目の前にやれることがまだたくさんあるじゃんっていうことをポジティブに伝えていきたいんです。別の視点を持つ人材が農業に関わったらもっと違うことが起こるだろうし、違うモデルが出てくるでしょう。日本の農業はポテンシャルの宝庫ですよ」
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