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2019/11/07

「芸術監督は割に合わない仕事である」とツイート

――津田さんが「あいちトリエンナーレ2019の芸術監督は割に合わない仕事である」とツイートしたのは、9月25日に発表された検証委員会の中間報告から受けた印象を要約した言葉ですよね。

津田 そうですね。

――どうでしたか? 実際、割に合う、合わないというのは。

津田 僕はYouTubeの中継で9月25日に行われた3回目の検証委員会の様子を見ていました。現地で傍聴しようかなと思っていたんですけど、それもだめだと言われてしまったので。僕に対して行われたヒアリングや2回目の検証委員会では、責任がほぼ僕にあるという話になっていたので、「辞任を求める」というのが検証委員会の結論なのかな、とある種の覚悟を持って聞いていました。

 そうしたら「芸術監督という多忙な職務にあるにもかかわらず」、不自由展を「ジャーナリストとしての個人的野心」から行った、さらに「芸術監督には多大な権限が与えられ、判断ミスや錯誤を抑止する仕組みが用意されていなかった。一方で報酬は極めて低く、人事裁量権に乏しく、協賛金集めのための経費すら自己負担を強いる状況にあった」と、リターンが全然ないから割に合わない仕事である、みたいなことがフォローのように書かれていて、びっくりしたんですよね。

 

中間報告は「納得しがたい内容」

――中間報告には、かなり疑問があるということですか。

津田 再開に向けた道筋を付けてくれた検証委員会には感謝していますが、中間報告には多くの事実誤認や予断が含まれており、納得しがたい内容でした。中間報告では僕が不自由展を企画・実行するにあたって“独断で”“密室で”進めたように書かれていますが、それは端的に事実と異なります。問題は、その誤解に基づき河村(たかし)名古屋市長が法的措置を検討すると発言したり、美術批評家の黒瀬陽平さんのように手続きに問題があったと評する人が出てきていたりすることです。

 そもそも、不自由展の内容についてはオープンな場――キュレーター会議でキュレーターや事務局と合意を取りながら進めていきました。中間報告では「芸術監督は無理に無理を重ね、キュレーターチームや事務局からの懸念を振り切り、愛知県美術館での展示を強行した」と書かれていますが、この点は中間報告の内容でもっとも承服しがたい部分です。そもそも不自由展を実行するにあたって何も「強行」した事実はないからです。

 事務局や知事からは常に懸念点が伝えられていたため、その相談や呼び出しを受けた場合は必ずそれに応じていましたし、必要があればその内容を不自由展実行委に伝え、両者の調整役として積極的にコミュニケーションをとってきました。懸念点についても放置するのではなく、具体的に懸念を取り除くために動いて対案も出してきました。それを繰り返したからこそ、企画が実現できたのです。このプロセスが中間報告では一切無視されています。この企画の実施にあたり、「懸念があっても芸術監督の権限でこれを強行します」というような形で押し切った事実はなく、すべて話し合い、合意の下、進めたものであって、この点については検証委員会に強く訂正を求めていくつもりです。

 

 また、「準備が足りなかった」という点で僕の責任が問われていますが、この点についても中間報告では無視されていることがあります。もともと不自由展実行委とは開幕の1カ月前、6月29日の夜に、東京で不自由展の詳細な内容について解説する記者発表を兼ねたイベントを予定しており、会場も確保して進めていました。しかし、6月中旬に警察や弁護士と話し合いを進めていた事務局経由で、警察や弁護士の「6月29日に事前に内容を発表するのは警備の都合上やめた方がいい」という懸念が共有されました。その後、不自由展実行委とのミーティングでその話が共有され、双方合意の下6月29日の記者発表がキャンセルになったというのが事実です。

 この点は「準備が足りなかった」「説明不足だった」というキュレーションの問題に関わる重要な部分なので、中間報告にこの経緯が入っていないことは納得できない。こちらにはまったく「隠して進める」意図はなかった。警察あるいは事務局の意向を受けた「セキュリティ対策」として6月29日の記者発表は「キャンセルされた」のです。

 セキュリティ対策としての効果がどれだけあったのかという点は置いておくにせよ、当然僕は事前に内容を発表して、そこで湧き上がる批判を受け、議論をして展示に生かしていくべきと思っていました。だから、ここで事前発表できなかったことについては悔いが残っています。僕が“独断で”“密室で”進めるような人間なら、事務局や警察からなんと言われようと、6月29日に記者発表をしていたでしょう。各方面から寄せられる懸念点に真摯に応えようとした結果が、“キュレーションの問題”あるいは“芸術監督の独断専行”と結論付けられるのはまったく承服できない。

 このように、中間報告に対してはたくさん言いたいことがありましたが、再開して無事終了するまでは、内部で揉めるのは再開の妨げにしかならないので黙っていたということです。いまは文書で正式に事実誤認や書かれていないことについて申し入れをしている状況です。