かつて日本には、多くの人々が従事し、国の主要産業と呼ばれるものがいくつもあった。たとえば製糸、たとえば炭鉱。だが国際競争に負けたり、担い手が減っていったために、往時の隆盛が嘘のように衰退していった産業は少なくない。
河﨑秋子さんは6つの、“失われた産業”を題材にした短篇をコツコツと発表し、本書にまとめた。養蚕、ハッカ栽培、毛皮動物の養殖、蹄鉄打ち、海鳥の羽毛集め、レンガづくり――題材にされた産業が衰退していく理由は様々だが、その過程が、登場人物たちの身に起こる出来事と重なり、哀しく鮮やかに描かれる。
「もともと産業史とか、町史のような資料を読むのが好きなんです。『土に贖う』の舞台の大部分を北海道にしたのは、自分が暮らしていることもありますが、歴史のトライアンドエラーの足跡を書いてみたいと思ったからです。そういえば、辺境の地に入植した開拓者からしてすでに失われてしまった仕事ですよね。そういう人たちの子孫が、明治からこの150年、北海道でどんな試行錯誤をやってきたのか、資料に背中を押されるようにして書きました。自分が羊飼いをやっているというのも書く理由のひとつになったと思います。それはもう細々と肉の出荷なんかをやっておりまして、失われゆく産業なんだなと日々ひしひし感じていますから。私にとって3冊目の本なんですが、まだまだだなあという感じです。もっと取材することがあったんじゃないか、なにか別の書き様があったんじゃないか。そんな悶々とした気持ちでいっぱいですね。有名な夕張の炭鉱だって、廃れてしまった産業の代表格ですよね。私が北海道の東に住んでいるせいで、函館方面なんてとてもとても手が回らなくて。もちろん北海道に限らず、日本中に失われた産業、そこで生きた人間がいたはずなので、いつかそういう題材にまた巡り会えるかもしれませんね」
衰えるということは、その産業にとって華やかな時代があったことも意味する。小説ではその明るい時代はほとんど描かれない。
「その産業が一番元気だった時代はあえて外しました。登場人物たちにとって、本作で扱った仕事は親の世代が始めたものという設定にしてあります。第一世代に続く世代、従属者の目に映る産業を書きたかったんです。言い換えれば、どんどんのし上がって、がんがん儲けるようなスーパースターは避けました。私の物語の作り方じゃない気がしたんです。読み手としても、キャラクターの自負とか自己憐憫なんかが強烈なメロドラマは苦手ですね」
いまも実家の牧場で働きながら執筆を続ける。本作を含め、北海道を舞台にした作品を書いてきた。
「北海道しか書けないわけじゃないんですけどね(笑)。でも、やっぱり土地やその植生って、人間に大きな影響を与えると思っています。インターネットで世界は均一化されたように言われているけど、実はそんなことなくて、多かれ少なかれ住んでいる土地に縛られてるはずです。同じ人間でも沖縄と北海道で暮らせば、それぞれの土地で考え方も感じ方もガラッと変わるんじゃないでしょうか」
嘱望される新しい作家の1人だ。次回作の構想は果たして。
「本業の方が忙しくて、なかなかまとまって書く時間がとれないもので、編集者には迷惑をかけています。さきほどの土地の話じゃないですが、まったく違うところに引っ越してみると、なにか新しい構想も出てくるんじゃないかと夢見たりもするんですけどね」
かわさきあきこ/1979年、北海道生まれ。作家。羊飼い。2012年「東陬遺事」で北海道新聞文学賞を受賞してデビュー。14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞、16年同作でJRA賞馬事文化賞。19年『肉弾』で大藪春彦賞。