東京競馬場のファンファーレでの「悩み」とは?
――なるほど……プロの音楽家ならではのお話ですね。ただ、自衛隊の場合は儀仗や式典などコンサートホールのような整った環境というよりは屋外で演奏する機会も多いです。屋外では雨風もありますし、一筋縄ではいかないのでは?
「まさにその通りで、我々はどんな場所、どんな環境でも演奏しなければならない。私も音楽大学を卒業していますが、そもそも外で演奏する機会は自衛隊に入るまでありませんでしたから。それだけ特殊な環境で演奏することが求められているのだと思います。屋外とホールの最大の違いは、音が響くかどうか。コンサートホールであればまさに音楽を聴くために設計されているのでよく響きますし、体育館なども音響効果がありますよね」
――「お風呂で歌を歌うと上手に聞こえる」みたいなことでしょうか。
「そう、それです。でも屋外はそうした音響は一切ない。むしろ音が散っていくので、屋内と同じように演奏していてはキレイに聴こえないんです。我々はそこでうまくコントロールして音を出さないといけません。コツとしては……そうですね、響きを残す、と言うんですが、少し長めに吹いたり強さを変えたりすることがポイントでしょうか」
――個人的には、東京競馬場で年に2回、ダービーとジャパンカップで中央音楽隊のみなさんのファンファーレ生演奏を聴いているのですが、それもとてもお上手で……。
「私もここに入るまでは競馬場で手拍子する側だったんですけど、演奏する立場になるとあの手拍子は大変なんですよね。10万人の手拍子ですからリズムがバラバラに聞こえてくる。だから演奏に入ったら自分たちが出している音以外は耳からシャットアウトして、聴かないようにして演奏するんです。これもまあ、自衛隊ならではの技術と言えるかもしれません」
吹雪の日でも演奏するためのポイント
――屋外で演奏することにかけてはまさに日本一、と。ただ屋外だと天気が良い時ばかりではなくて、雪が降る日も雨が降る日もありますよね。特に寒いと楽器が冷えて音が出にくくなると聞いたことがあります。
「そこは道具をどう扱うか。金管楽器だと凍っちゃうんですよね。それを防ぐためにオイルの代わりにアルコールを染み込ませておくとか、唇が張り付かないように吹く部分の素材を変えたりとか。
あと私が演奏しているクラリネットは木材を使っているので、乾燥していると音が出なくなる。それを防ぐプラスチックのリードを使うのもひとつです。そうした対策はみなそれぞれで工夫していると思います。それでも東北方面音楽隊にいたときに真冬の吹雪の中で演奏したこともありますが、これはキツかったですよ」
――吹雪でも演奏するんですか!
「指がかじかんで感覚がなくなるんですよ。横殴りの雪のなか感覚がなくても演奏できるようにする。それが自衛隊の音楽隊なんです。雪以外でも観閲式の訓練で2時間ずっと土砂降りだったこともありました。そのときは足がガタガタ震えながら演奏して。でもまあ、それを経験しておけば多少のことがあっても大丈夫だろう、と思っています。夏もキツいですよ。汗がおでこから垂れてきて目に入っても汗を拭うことはNGですから、片目で楽譜を見ながら演奏するなんてこともよくありますから」