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2019/11/20

先生たちも相当な熱量で

 本書を執筆するにあたり、数多くの男子御三家卒業生に取材をおこなった。

 それだけではない。男子御三家各校で指導する学校関係者の協力も得られたのだ。

 麻布は、ご自身も麻布出身である校長の平秀明先生が取材を引き受けてくださり、麻布の教育内容のみならず、学校教育の意義にまで踏み込んで語ってくれた。

 開成は「カンハシ」の愛称で卒業生たちから親しまれている名物教師の橋本弘正先生(漢文担当)が取材に応じてくださった。ご自身も開成の卒業生であるとともに、開成で32年間教壇に立ち続けた方である。橋本先生は開成独自の教育、そしてそこで学ぶ(学んだ)子どもたちについて熱く語ってくれた。ちなみに、橋本先生は開成を既に退職されていて、取材当時は海陽学園(愛知県)と明法(東京都)の特任講師を務められていた。

 そして、武蔵は2019年に校長に就任したばかりの杉山剛士先生が取材を受けてくださった。杉山先生は武蔵の卒業生であり、前年まで埼玉県立浦和高校の校長としてその腕を奮ってきた人物だ。加えて、近年の武蔵の教育内容やその課題面についてかなり踏み込んだ話をしてくださったのは副校長の高野橋雅之先生である。高野橋先生は数学科教諭であるとともに、野球部の指導に携わっている。

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 母校愛たっぷりなのは卒業生だけではなく、勤務されている先生方も同様だ。

『女子御三家』を執筆した際は、桜蔭、女子学院、雙葉それぞれの学校関係者のインタビューをテープ起こしすると、原稿用紙換算で20~30枚程度だったのだが、麻布、開成、武蔵の学校関係者のインタビュー分量は40~60枚程度、つまり、女子御三家の倍になったのである。どの先生方も相当な熱量で自校を語ってくださったのである。

男子御三家の誕生

 さて、日本にある中高はよく「御三家」と括られる傾向にある。

 古くは「一中御三家」と呼ばれる学校があり、「府立一中」(現在の都立日比谷高校)、「愛知一中」(現在の県立旭丘高校)、「神戸一中」(現在の県立神戸高校)の三校を指していた。旧制第一高等学校(東京大学教養学部、及び千葉大学医学部・薬学部の前身)に多くの進学者を輩出していたエリート校でもある。

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 戦後しばらく、東京大学に数多くの進学者を送り込んでいたのは都立日比谷高校や都立西高校といった都立高校であった。しかし、1960年代後半より都立高校で「学校群制度」(各学校の学力差を極力なくすための制度)が導入されると、それを契機として特に通学範囲の制限を設けない私立校が台頭する。その頃から、東京大学に数多くの合格者を生み出す「麻布」「開成」「武蔵」の三校は「男子御三家」と呼ばれるようになった。

 それから50年以上の月日が流れたが、この「男子御三家」の呼称はいまだ健在である。

 各校の入試難度は今も昔もトップレベルであり、多くの中学受験生が憧れている。