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「役立たず、近寄るな、おまえなんか死ねばいい」

 暴力だけでなく暴言もひどかった。役立たず、近寄るな、おまえなんか死ねばいい、そんな言葉を浴びせながら鬼のような形相でキレまくる。一方の父はいつも見て見ぬふり、激しく叩かれ悶絶する朋子さんの横で、平然とプロ野球中継を見るような人だった。

 そんな両親が変わったのは朋子さんが14歳のときだ。朋子さんには2歳年下の弟がいたが、中学校入学の直前に肺炎で亡くなった。跡取り息子の突然の死に落胆した両親は、ある宗教に救いを求める。そこで「自分たちの行いが災いを招いた」と告げられて以降、ずいぶん優しくなったという。

 とはいえ朋子さんのほうは、そう簡単に割り切れるものでもない。表面上はふつうの親子のようにふるまったが、心の奥では母に対する憎しみ、父への不信感を拭えなかった。

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孫にはふつうのおばあちゃんだった

 美容学校への進学を機に家を出てからは、「忙しさ」を理由にほとんど連絡もしなかった。だが24歳で結婚し、翌年娘を出産してからは、実家と関わる機会も徐々に増えていく。

「美容師を天職と思っていたので、出産後もフルタイムで働いていたんです。ただ長時間勤務で休みも少ないし、保育園だけでは回らないことも多い。仕方なく娘を実家に預かってもらうことがありました。私には鬼のようだった母も、孫である娘にはふつうのおばあちゃんだったので、昔のことは胸にしまって現実を優先させたんです」

©iStock.com

 朋子さんは同業の夫と32歳で離婚、当時7歳だった娘と母子家庭になってからは、いっそう実家とのつながりが増えた。唯一の孫をかわいがる両親からは何度か同居話も出たが、決して首を縦には振らなかった。美容師としてのキャリアアップを目指していたし、なにより母への嫌悪を消せなかったからだ。

 両手首を骨折した母は、簡単な手術を経て2週間ほどで退院した。当初の予定どおり、数日の休みで仕事に復帰していた朋子さんだが、ほどなく娘からの緊急電話を受ける。朋子さんに代わって母の様子を見に行った娘が、「とんでもないことになっている」と言うのだ。

下半身丸出しでぶつぶつと独り言を言う母

 両手が使えない母は、食事に着替え、入浴や洗顔など生活のほとんどに誰かの助けが必要だった。箸や茶碗を持てないからご飯が食べられない、脱ぎ着をしたくても下着も服もつかめない、トイレに入ってもトイレットペーパーでお尻を拭けない、一事が万事そんな調子だ。「俺が面倒見る」、そう言った父を信じて当面任せるつもりだったが、老老介護はあっという間に破綻していた。

 娘からの一報で駆けつけた朋子さんは、実家に足を踏み入れて愕然とした。下着もつけず下半身丸出しの母が、布団の上で何事かぶつぶつと独り言を言っている。布団のまわりには食べ散らかしたカップラーメンや弁当の容器が散乱し、父は血走った目で母を罵っていた。

「自分じゃパンツも下げられねぇんだから、はかせておけねぇよ」、「食えば(排泄物を)出すから食わしたくねぇ。こんなもん、ほっときゃそのうち死ぬよな」、荒い声を上げる父の精神状態は見るからに危なっかしい。