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 朋子さんは1ヵ月の休職を申請し、自宅から身の回りのものを取ってきてひとまず同居することにした。人手が足りない職場であり、店長としての責任や自分の指名客を考えれば1日の休みも惜しかった。それでも休職に踏み切ったのは、「おばあちゃん子」だった娘の言葉があったからだ。

 当時、娘は結婚したばかりだったが、「お母さんが面倒見ないなら私が見る」と言う。娘の新生活や将来を思えば、むろんそんな負担はかけられない。加えて「お願いだからおばあちゃんに優しくしてあげて」とまで懇願され、引くに引けない状況になった。

認知症ではないかと疑うも、近所の人にはにこやかに応対する母

「最初は母が回復すればどうにかなると思ってました。でも手首のケガよりも言動のほうがどう見てもおかしい。『テレビがつかない』と言うから様子を見ると、リモコンではなく懐中電灯を押して電源を入れようとしてる。『風呂に入れない』と騒がれて見に行くと、溜めたはずのお湯を全部抜いていて、しかも浴槽の中に空き缶が何個も入っている。えっ? 何これ? と引いちゃうようなことが次々に起きたんです」

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 素人目に見ても、母は認知症ではないかと疑われた。ところが近所の人や理容店の馴染み客に会うと、会話も態度も今までと変わらない。新婚の娘が夫とともに訪ねてくると上機嫌でにこやかに応対する。「おばあちゃん、早く元気になってね」と言う娘に、「あんたも体に気をつけて。赤ちゃんが生まれたら私のひ孫だから、すぐにお祝いするからね」などと気遣いを見せるのだ。

 手首を手術した病院にはリハビリのために通院していた。付き添う朋子さんは理学療法士に母の様子を相談してみたが、「ケガや入院のストレスで、一時的に混乱したんでしょう」と言われる。

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 そう言われればそんなものかと思い、なにより自分自身がそう思いたかった。なんとしても仕事に復帰したい朋子さんには、現実逃避のバイアスが働く。母の混乱には目をつぶり、ケガの回復にめどがついたところで実家を引き上げることにした。

サロン経営者からの退職勧告――今度は父が緊急入院

 休職してから1ヵ月、当初の予定通り職場に戻った朋子さんだが、待っていたのはサロン経営者からの退職勧告だった。「中途半端に休むより、1度退職して身辺整理をしたほうがいい。落ち着いたらまた戻ってくださいよ」と言われてしまう。自分のいない間、店を切り盛りしてくれたスタッフは味方になってくれたが、負担が増えている様子は見て取れた。

 これからもみんなに迷惑をかけるかもしれない、退職しろと言われてまでしがみつくのもどうだろうか、そんな気持ちが募り、朋子さんは復帰から2ヵ月後に職場を去った。

 そのタイミングに合わせたかのように、今度は父が腸の病気で緊急入院する。再び実家に駆けつける羽目になった朋子さんは、あらためて母の言動に異変を覚えた。

「そのころ母は元気になっていたので、家事や身の回りのこと、入院中の父を見舞うとか、一見すると一通りのことはできている感じでした。だけど言うこと、やることが所々おかしいんです。たとえばご飯の支度をはじめると、途中で急にやめちゃう。『疲れた』と言うから私が代わると、『あんた、何やってんの!』と急に怒り出したり。スーパーに買い物に行くと、あれも食べたい、これも食べたいってどんどんモノを買って、食パンを一袋、バナナを一房、いきなり全部食べちゃうとかね」