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谷川俊太郎さんと佐野洋子さんには小説より影響を受けているかもしれない。

――小説だけでなく、絵本も描かれていますよね。『ティニー ふうせんいぬのものがたり』(13年)のシリーズや『パティシエのモンスター』(15年、以上マガジンハウス刊)、『ムーム』(14年白泉社刊)。これは編集者から絵本を作りましょうというお話があったからだとは思うのですが。

ティニー ふうせんいぬ の ものがたり (CASA KIDS)

かわむら げんき(著)

マガジンハウス
2013年11月1日 発売

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パティシエのモンスター

かわむらげんき(著)

マガジンハウス
2015年5月23日 発売

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ムーム (MOEのえほん)

かわむら げんき(著)

白泉社
2014年6月20日 発売

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川村 そうですね。それで『ティニー』はNHKEテレでアニメになりました。『ムーム』はアメリカのピクサー・アニメーション・スタジオで活躍されていたロバート・コンドウ&堤大介監督に、アニメーション映画にしていただきました。ふたりは『モンスターズ・ユニバーシティー』や『トイ・ストーリー3』のアートディレクターです。彼らは僕の友人でもあるので、当時僕が書いたばかりの『ムーム』の絵本をプレゼントしたら、すごく気に入ってくれて、素晴らしい映画にしてくれました。今の時点で、海外の映画賞を25くらい獲っています。彼らは前作の『ダム・キーパー』もアメリカのアカデミー賞にノミネートされているので、本作でもいけると嬉しいなと思っています。

――すごくないですか。湖に捨てられたガラクタを拾っては、そこに詰まった持ち主の思い出の塊をひっぱりだして空に返してあげているムームが、ある日泣いてばかりのルミンという子と出会う…という内容ですよね。

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川村 あれは僕が財布を買い替えた時の話なんです。財布を買い替えると、新しい財布にお金やカードを移しますよね。そうすると、今まで使っていた財布が死体みたいにしぼんでいるじゃないですか。あれは物理的にしぼんでいるだけじゃなくて、持ち主と物との間に思い出があって、それがスッと抜けてしぼんでいるんだ、というふうに子どもの頃からずっと思っていたんです。自転車を買い替えた時も、手帳を買い替えた時も、使い終わった携帯を引き出しに入れておいて半年ぶりに見た時なんかも、みんな死体みたいになっているなって思っていました。その“物と持ち主の思い出”そのものをキャラクターにしたのが『ムーム』の世界なんです。

――最後、ものすっっっごく切ないですよね。

川村 切ないですね。佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』ですよね。僕は佐野さんの世界観に多大な影響を受けています。谷川俊太郎さんと佐野洋子さんには、ひょっとしたら小説よりも大きな影響を受けているかもしれません。『世界から猫が消えたなら』はタイトルを含めて佐野さんの影響がありありです(笑)。なんでしょうね、『源氏物語』を読んでいても『100万回生きたねこ』みたいな気がしちゃうんです。『人間失格』でも。こういう人と出会いました、終わりました、こういう人と出会いました、終わりました、ようやく好きになった人ができたけれど死んじゃいました、みたいな。捨てちゃった物への後悔とか、終わってしまった恋愛への気持ちもそこに通じますよね。僕がフェリーニの映画『道』がすごく好きなのは、ザンパノのジェルソミーナに対する、自分勝手な後悔みたいなものがすごく好きだからなんですよね、たぶん。遠藤周作さんの『わたしが・棄てた・女』とかも。

 ただ、さっき話した携帯電話をなくして虹を見た時の気持ちや、財布を買い替えた時の気持ちって、僕だけが感じることだとは思わないんです。その気持ちって誰もが感じているよね、と思うんですよ。財布の話なんて僕は3歳の時にはじめて感じて、この話は絶対に誰か大人が書いてしまうだろう、と思っていたんです。自分が言いたいことは、もうすでに誰かが言っている、みたいな気持ちがありました。でも30年経っても、誰も物語にしていなかった(笑)。「やった! 間に合った!」と思って『ムーム』を書いたんです。